03
頭が痛い、気分が悪い。
ふっと意識が浮上して目が覚める。
違和感は身体の下の固い感触で、寝室ではなくリビングの床に寝ていたことに気づき、いつもと違う感覚の目覚めはそれが原因だと知る。身を起こそうとして、くらりとした眩暈を感じた。まだ頭の芯に残った酩酊感に、床で寝ていた理由も理解する。
結局、昨夜は高校時代の仲間で飲み会になったのだ。
四人で飲むのは初めてだと福富が喜んでいたのが印象的で、聞いてみれば東堂以外の三人ではそれなりに集まっていたらしい。
福富と新開は同じ大学でロードバイクを続けていたし、静岡の大学に進学したという荒北も同様に自転車競技部に所属し、大会などで顔を合わせる頻度も多かったのだと言う。
東堂は大学の二年次の秋からフランスに留学して、そのまま現地で就職し、帰国したのは二年前なので、意図的に仲間外れにされていたわけではない。帰国後は休みが不定期な仕事で、先日のような箱根学園OBの飲み会の日程も合わなかった。
本当に久し振りに集まりに顔を出した東堂が、ろくに話もしないうちに、あの騒ぎで潰れてしまったせいで、今回四人で集まるという念願がようやく果たせたものらしい。
昔話はほとんど馬鹿話に終始して、浮かれていたのか、元々弱いのか、予想以上に早いうちに福富が酔い潰れた。荒北が送っていくというのを、新開が制した。東堂と荒北はもう少し話をした方がいい、と言う一言までは友人思いに聞こえたが、後は若い二人同士でと続けた辺り、新開も酔っていたのか通常通りなのかといえば後者だった気がする。
一緒に店を出て二人を見送り、別の店を探す段階で、そういえば自宅に貰い物の酒が店を開けるほどにあることを思い出した。家飲みにしようと提案すれば反対もなかったので、地下鉄で移動して近所のコンビニで酒とつまみを買い足して、マンションに戻った。
床に乱立する缶と酒瓶の経緯をそう思い出し、いつまで飲んでいたのだったかと、まだ日が昇る前の薄闇の中、時間を確認しようと身を起こす。その拍子に肩から滑り落ちたスーツの上着に違和感を覚えた。
服は帰ってから着替えた。スーツはその際に必ずハンガーにかける。自分のものではない上着を手にして首を捻る。
昨夜は杯を重ねて、それなりに酔った荒北から色々と聞き出した。
大学でも結局自転車競技部に入って、インカレで福富と新開のコンビと大接戦を繰り広げた話は序盤だった。かなり前後不覚になってから語り出した、中学時代の挫折に捻れたまま箱根学園に入学し、荒れていた頃に福富に出会った話は非常に興味深かった。今度、是非福富からの話も聞きたい。
その話をしていた頃には、終電も終わっていた。泊まっていったというか、そのまま二人して寝落ちたはずだが、彼の姿はどこだろう。
まだふわついた頭を巡らせて、案外近くに転がっていた男の姿にぎくりと身が竦んだ。
着崩れた白いワイシャツ姿になると、より細身に見える薄い身体がぐにゃりと歪む。平衡感覚を失って、起こしかけていた身が崩れ、ごとりと床に倒れ込む。ぶわりと吹き出した冷や汗に身が熱いのか冷たいのかも分からない。
「東堂……?」
物音で目を覚ましたらしい荒北が、うずくまる東堂に億劫そうに手を伸ばしてくる。
温かい手が丸めた背に当てられて、その一点から熱がじわりと伝わる感覚に身は冷えていたのだと知る。
「どした……?」
掠れた声で問いながら引き寄せられ、拒まずに温かい身体に身を寄せた。
「……気持ち悪い、頭痛い」
「二日酔いかよ?」
「ああ……」
この吐き気と頭痛は酒のせいかと思えば、少し気分も落ち着いた。
昨日は距離感に戸惑ったが、高校の頃からこうだったのだろうか。冗談でよく新開とスキンシップ過多な振る舞いをしていたことはあったが、荒北ともそんな悪ふざけをしていたのだろうかと悩みながら、骨ばった温かな腕に頭を預ける。
冷え切っていた身体が温まると共に頭の痛みが薄らいで、はたと気づく。
「お前、熱あるぞ!?」
温かいというより熱かった手を掴んで、がばりと起きあがると、荒北が咳こんだ。
「お前は本当に昔からすぐ風邪ひいて! いまだにそれ直ってないのか!」
人に上着をかけてる場合か、と叱りつけると、掠れた声でうるさいとぼやいた荒北が不意に目を開けた。
「昔から?」
なぞられた台詞に意表を突かれる。
そうだ、季節の変わり目に律儀に風邪をひくチームメイトがいて、そのくせ何の予防もしないものだから、よく叱りつけては喧嘩をした。
「東ど……」
何を言いかけて途中で盛大に咳こんだ男の熱い額に手を押しつけるようにして床に倒し、痩せぎすの身体にひとまず上着をかける。
「今日は休みだと言っていたな?」
昨日は休日出勤で、ここしばらく忙しかったとは聞いた。
咳の合間にうなずいた男に、寝ていろと言い捨ててて起きあがる。一人暮らしの部屋にやや大きめのソファはこんな時のためのソファベッドだ。
背を倒し、出してきたシーツを広げて敷くと、発熱している男の身体を引き起こして転がし、布団を掛けて痩身をくるむ。
「ひきはじめに動くと余計長引くんだ。夜まで寝てけ。熱が下がったら帰ればいい」
市販の風邪薬の予備がまだあったはずだが、まずその前にどうせ偏食も直っていないであろう男に栄養を摂らせる必要がある。冷蔵庫の中身を悩みながらキッチンに向かいかけた東堂の手を熱い指先が捉えた。
「思い出したの?」
熱っぽい目で見据えられ、半身を起こした男を振り返る。
「いつもの雑炊作ってやるから、おとなしく寝てろ」
「だから……!」
「部活動の後、シャワー浴びっぱなしでちゃんと拭けと言うのに面倒がったり、冬場はしっかり湯に浸かれと言うのに、人の話を全く聞かずに毎度風邪ひいてた馬鹿がいたのは思い出した」
パズルのピースが嵌まるように、ぽっかり空いていた記憶の一片が埋まった。
埋まったのは一カ所だけで、それでもこれまで人づてに聞かされていた話とは比べものにならないくらい、実感した。
この男と過去を共有していた。
同じ場所で、同じ時間を過ごして、些細なことで衝突した。
「ちょっとだけ思い出した。オレ、お前のこと、結構好きだったぞ」
喧嘩ばかりだったという証言が重ねられていたし、思い出した場面も風邪声の男との言い争いだったが。
嫌いな相手にわざわざ関わらない自分を、東堂はよく知っている。
この記憶の欠落の原因は未だ不明だが、絶対に自分は彼のことが嫌いではなかった。
そのことだけは伝えておくべきだと思ったのだが、好意の表明に対する荒北の反応は素っ気なかった。
「っせ」
布団を頭まで被って毒づいた荒北が、高校時代と何一つ変わっていないことを、なんとなく知っている気がした。
たぶん、きっと、よく知っていた。
夢を、見ていた。
理由は忘れたが、喧嘩をしていた。間に挟まれた後輩が、先輩二人よりも遥かに高い身長を丸めておろおろと慌てふためいていたから、葦木場に絡んで、意見が対立でもしたのだろう。
基本的に葦木場の教育は福富と新開が見ていて、東堂と荒北は口を出さないという暗黙の了解でいたはずだが、彼の凡ミスをきっかけに始まった口論は、その日いつもより険悪な方向に流れた。
「大体、テメェはナニサマだよ! いつもいつも上から目線でもの言いやがって!」
「じゃあお前は何なんだ! 二言目にはダルい、面倒くさいからイヤだ! どうせフクが言えば何でも聞くくせに、ごねてみせるな鬱陶しい!」
「ンだと、テメェ!」
胸倉を掴まれ、少し上背のある荒北に引きずり上げられてTシャツの肩口の縫い目が軋むのが分かったが、怯まず睨み据える。
「そうやってすぐに暴力をひけらかす。もう、殴ったりできないくせに。フクの言いつけだもんなあ?」
「東堂、テメェッ!」
それまで遠巻きに二人の口論を見守っていた周囲が、焦った顔で荒北を制そうとしたが、東堂は彼が結局その拳を振り下ろさないことを知っていた。
冷めた目で睨み据えると、荒北が大きく顔を歪めて胸倉を掴んで引き寄せていた東堂の胸を突き飛ばした。勢い余ってロッカーに背が叩きつけられ、周りが身を竦ませるほど派手な音が響く。その衝撃で髪を留めていたカチューシャが吹き飛んで、ばらりと落ちた長めの前髪が視界を遮った。
苛立つ。
一度深く俯き、髪を払いのけた手でそのまま相手の頬を殴りつけた。
東堂から殴られるなど、想像もしていなかったのだろう。呆気ないほど軽々と細身の身体が吹き飛んで、向かいのロッカーの扉に激突する。
「……お前を見てると、イライラする」
低めた声が制御しきれずに、震えて揺れた。
「目障りだ」
「……あっそォ。そりゃ、オレの台詞だよ、東堂ォ」
衝撃で開いたロッカーの扉に手をかけて立ち上がった荒北が、乱暴に扉を蹴り閉めた。その所作に、東堂は眉間により深く皺を寄せる。
「テメェの喚き声も、テメェの取り巻きもウゼェんだよ。あと巻チャン? 何なの、その巻チャンって? 気持ちワリィんだよ。ンなに巻チャン大好きなら、千葉にでも何でも行っちまえよ。どうでもいいんだよ、テメェなんか」
吐き捨てられた言葉に、目の前が真っ暗になった。否、真っ赤になったのかもしれない。
目の眩むような激情に突き動かされて、掴みかかろうとした腕が周囲から伸びてきた手に捉えられた。離せ、と叫んで振り回した腕が、がつんと何かにぶつかって、その鈍い痛みに目が覚めた。
人を殴ったばかりのような指の節の痛みに、一瞬夢と現実の区別が曖昧になって、東堂は目を瞬かせた。
カーテンを閉めているので室内は薄暗いが、外はちょうど正午くらいの日の高さのようだった。朝乱立していた酒瓶や缶は片付いて、いつも通りの自身の部屋だ。いつも通りでないのは、ひどく乱れた心と、じくじくと痛む拳だ。
どうして痛むのだろうと、右手に触れる前に少し熱い手が重なった。
「結構いい音してたけど、大丈夫ゥ?」
掠れた声に問われて、ああ、と思い出す。風邪を引き込んだ荒北を、寝かせていたのだ。
卵でとじた雑炊を作って食べさせると、何とも複雑な顔をしていたが、おとなしく風邪薬を飲んで目を閉じた荒北を起こさないように部屋を片づけて、手持ちぶさたになった後、ソファに寄りかかって携帯を弄っていた。新開から送られてきた高校時代の写真を見て、何か思い出せないかと考えながら寝落ちたのが、夢の原因だろう。
「……夢、見てた」
「ちょっとうなされてた。起こそうかと思ったら、お前急に腕振り回して、床に結構派手にぶつけてたから」
痛む手はそれか、と思いながら、重ねられた手の熱がじんわりと染みるのを感じる。
「高校の時の夢。お前と喧嘩してた」
ソファにもたれて深く息を吐き出しながら呟くと、背後で苦笑する気配があった。
「喧嘩なら、毎日してた」
「殴り合って周りの部員に止められるようなのを?」
東堂と荒北の関係は誰に聞いても、喧嘩という単語が飛び出してくるが、その苦笑気味の反応からして、笑い事で済むようなやりあいだと判断していたが、今見ていた夢は違った。
生々しい激情がまだ身の内に燻っていて、気持ちの置き所に戸惑う。
「口喧嘩はしてたけど、お前と殴り合ったことなんか……あー」
振り返ると、何を思い出したか、ひどく苦々しい顔があった。
「二年の冬だったかな、結構派手なの一回やった。ロッカールームで暴れて、学校にバレたら処分食らいそうなやつ。福ちゃんにメチャクチャ怒られた」
十年以上前のことを思い出す荒北の口調には苦みより笑みの成分の方が多かったが、たった今追体験したばかりの東堂は、福富の名を出された瞬間に揺らいだ熾火のような感情を持て余す。
そうだ、夢の中で十代の自分は苛立っていた。とかく言動が乱暴で、きつい物言いをして、すぐに自分と敵対する。福富の言葉には嬉しさが隠せない顔で、口先だけは文句を言って従うくせに、東堂の言葉はまず否定する荒北に苛立ちが積もっていて、あの日ついに爆発したのだ。
「……よく、あの後仲直りしたな」
今でもぐちゃぐちゃに乱れる気持ちに、どうやって十代の頃の自分は整理を付けたのかと不思議に思えば、ソファの上で起きあがった荒北が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「荒北」
「……いや、まあ、そのさァ」
濁す口調が気になって、しっかりと身を返してソファの前で正座した東堂は、視線を逸らそうとする荒北を見上げた。
「オレ、まだ思い出せてないことが多いんだ。あの後、何があった?」
問うと、渋々といった顔で荒北が口を開いた。
「だから、メチャクチャ福ちゃんに怒られて。もうすぐ三年なのに、そんなんで下に示しがつくかって。で、罰に何かさせられることになって、そうしたら新開が面白がりやがって」
「嫌な予感しかないな……」
聞かないでおくのも怖いので、続きを促す。
「仲良くするまで、手繋いで座ってろって」
翌日の放課後、学校の昇降口の前に椅子を並べて、手を繋いで座らされたものらしい。
「……お前、その時に限ってごねなかったのか?」
「ゴネたけど、福ちゃんがマジギレしてたの! 反省見せないなら退部の二択だったんだよ!」
当時、副主将だった東堂と、福富のアシスト役で頭角を表していた荒北の二人が、部全体にも処分が下りかねないような派手な喧嘩をしでかしたことに、相当に腹を立てたものらしい。
「……これか」
新開から送られた写真の中に、学校の中と思しき場所で椅子を並べて座っているのに、互いにそっぽを向いていた不可解な構図のものがあったが、それか、と納得する。
むしろそれを見たから、今の夢を見たのだろう。
「あの野郎、消したって言ってたくせに、保存してやがったな……」
床に落ちていたスマートフォンを手にとって、改めて画像を開くと頭上から覗きこんだ荒北が歯ぎしりした。
「お手々繋いで反省して仲直りしたのか?」
幼稚園児の喧嘩ならともかく、高校生がかなり修復不可能な対立をした末にこんな見せしめの罰を受けさせられて、解決するものだろうかと首を捻る。
「これ、昇降口でやらされたから、めちゃくちゃ人に見られて、写真撮られまくって。お前最後には椅子の上でうずくまって動かなくなるし、なんか気がついたら手が熱くて。寒いとこ座ってたから風邪ひいて、すげー熱出して数日寝込んだんだよ。それでバタバタして、喧嘩のことはウヤムヤになった」
これは覚えていないのか、と問われるが、全く思い出せない。
ろくな思い出でないのは明白なので、無理に思い出す必要もないが。
「とりあえず、今熱あるのはお前だからな」
少し下がったようだが、まだ熱い額に手を押し当て、そのままソファに押し倒す。
「寝てろ」
「……つーか、何だよ、このベッド」
「野獣だから知らんのか、これはソファベッドと言うんだ。使わない時にはソファになり、来客時にはベッドになる優れ物だぞ」
「知ってるっつーの!」
つい声を上げて咳込む辺り、高校時代から進歩がない。
「……泊まりにくる客が多いってこと?」
「まあ、必要に迫られてな」
それって、と口の片端だけを上げて笑った荒北が壁を示した。
「そこにタイムが掛かる感じ?」
壁に取り付けられたバーは、上下に二台の自転車が掛けられるようになっているが、今は白のリドレーが一台安置されているだけだ。
「お前が言ってるのは、巻ちゃんの自転車のことだと思うが、巻ちゃんなら今はコルナゴ乗ってるぞ。去年くらいに一目惚れしたと連絡してきて、一晩中語って寝かせてくれなかった。ちなみに、巻ちゃんは今もイギリスいるし、たまにこっち来てもロードを持ってくることは滅多にない」
ついでに、成田から実家に行った方が早いので、滞在中はほぼ千葉の実家で過ごす巻島がこの部屋に泊まりにくることもまずない。仕事で都心に用事があれば、ホテルを取るのが彼である。
「まあ、うちのホテルに泊まらせるけどな!」
「……巻島は、それがお前の勤め先だって知ってるのか?」
「巻ちゃんはおくゆかしいからな、オレがサービスを采配してると知ったら、使わなくなるかもしれないから言ってない」
「いや、お前のそれがストーカー一歩手前で怖ェだけだろ」
失礼極まりない悪態を吐いてから、荒北は一瞬考え込んだ。
「じゃあ、白のルックとか?」
「いや、今は白のデローザだ。少し前にアキラくんの新車購入について行って、店で一目惚れして衝動買いしたらしい。だから稼いでくるといって消息を絶ったが、今はどこで何をしているのやら」
嘆いてみせると、荒北が何とも言えない珍妙な顔をした。
突っ込みどころが多すぎたようで、少し悩んでから最初の疑問点に触れることにしたものらしい。
「アキラくんって、誰?」
「京都伏見の御堂筋翔くん、真波のマブダチだそうだ。アキラくん、いい子だぞ。礼儀正しいし、箸使いがきれいだし、ちゃんと正座もできる」
いい子という表現と、その基準となっている条件にももの申したいようだったが、諸々の疑問を全て飲み込んだらしい荒北は、彼の中で一番重要だったらしい一つだけを口にした。
「要するに、真波、ここに入り浸ってんの?」
「時々ふらっと来て、しばらく居座っていつの間にかいなくなる」
仕方がないので、ロードバイクの置き場と寝るところだけは用意しておいてやっている。
「お前、この前真波と連絡つかないって黒田に言ってただろ」
「つかないぞ。こっちから連絡しても基本的に返事はない。半分くらいは電波が届かないところにいるんだろうが、残り半分は既読スルーだな。どこで何をしているかも知らんし、定職に就いているかも知らん。住所はたぶんない」
相変わらず生き方そのものがふわふわしている後輩の実態を把握してしまうと、どうしても口出ししてしまう自分を知っているので、あえて何も聞いていない。
「……何やってンの、アイツ?」
「知らん」
きっぱりと断言すると、呆れたような溜め息が降ってきた。
これだからクライマーは、という非常に聞き過ごせない台詞が聞こえたが、何故か声が遠い。
「おい、寝ンな」
肩を掴んで揺さぶられるが、どうにも頭が重い。
「スリーピングビューティだからな……」
ずるずるとソファに懐くようにもたれかかりながら応じると、また嘆息が降ってくる。
「コレ、ダメなヤツだ……」
駄目とは何だと文句をつけたかったが目が開かない。意志に関係なくずるずると身体が重力に負ける。
「ったく、相変わらず世話の焼ける……」
飲んでちょっとそのまま床で寝ただけで、お約束のように風邪を引き込む男に、世話が焼けるなどと慨嘆される覚えはない、と反論しようにも重力異常でも起きているのか、どうしても身を起こすことができない。
と、重力異常は方向にも発生した。
自然の摂理に逆らって身が浮いて、ソファの上に引きずり上げられる。
ベッド状にフラットにはなっているが、あまり寝心地はよくないシーツの上に転がされ、上に熱を持った身体が覆い被さってきた。男の身体が上にあったのはほんの一瞬で、身体を入れ替えるようにしてまだ高い体温が離れていって、代わりに布団が押しつけられる。
出て行く気だ、と察して咄嗟にその熱い手を掴むと、一瞬だけ荒北の動きが止まった。
まだ話をしないといけないことがたくさんある、と告げたいのに、意味のある言葉を発することができない。
「お前、昔っから、一回寝落ちすっと起きねーんだよなァ。起きたらやたらすっきりしてて、悩み事なんか全部忘れたって顔で」
苦笑混じりの台詞と共に、やんわりと掴んだ手を解かれた。
「人の気も知らねェで」
それはこっちの台詞だ、と反駁もできないまま、意識は深く沈んでいった。
