「それで、巻ちゃんがな!」
「なあ、尽八、その話まだすんの?」
週明け、東堂が緑色男馬鹿と化していた。
「あれは……、何だ?」
「ナンカ、前から騒いでた千葉のクライマーと昨日のレースでも一緒になって、友達になったみたい?」
昨夜から姦しいことこの上ないのだが、昨日一日父親と出かけ、実家に泊まって帰ってきた福富は朝練には間に合わず、放課後になるまで東堂と顔を合わせていなかったようである。
「苦手だと言っていなかったか?」
「アイツのキライって、気になってしょーがないって意味だし、一回懐けばあんなもんだろ」
「…………ああ」
ちらりと荒北を見てうなずいた福富が、東堂に目を戻して深々と息を吐き出した。
「どーなりそ?」
「学校とも話し合って、内々に収めることになりそうだ。他の部員に事情が説明されることはない」
「あっそ」
いいんじゃない、と素っ気なく同意する。
東堂が一番望んでいた収まり方だ。
「福ちゃん、お疲れ?」
吐き出した息に滲んだ疲弊の色を気遣うと、福富が苦渋の表情で首を振る。
「親父が……東堂を随分気に入ったみたいで」
「へぇ?」
「東堂さんは地元の子なのかとか、自転車好きなのかとか、自転車乗りをどう思っているんだとか聞いてくるんだが……」
「…………親父さんさァ、東堂のこと、女だと思ってない?」
「あの格好のまま、挨拶したらしい……」
自身の見た目を最大限に利用して、大人受けの良い態度を心得た、楚々とした美少女ぶりを見せたに違いない。
最初に東堂について問われたのも、人間性を問われたのとは実は違ったようだ。
「どうすればいいと思う……?」
「……いや、まァ、黙っといてもいいんじゃナイ?」
そのうち忘れてくれるだろう、と希望的観測に従ってその件を有耶無耶にすると、福富が頭を抱えるようにして深く息を吐き出し、改めて問題の人物に目を向けた。
「それで、東堂の様子はどうだ?」
「見りゃ分かンだろ。いつものオレ天才、オレ美しい、女がどうした、モテて困る、巻チャン巻チャン巻チャンが追加されたのが新しいかな」
「本当のところはどうなんだ?」
「あの途方もない馬鹿の考えてることなんか、オレに分かるワケねーだろ」
また何か秘密を抱え込んでいるのかもしれないし、何も考えず一年の心の傷を踏みにじっているだけかもしれない。
両手を広げてお手上げだ、とジェスチャーしてみせるが、福富は取り合わなかった。
「タイムは?」
「二週間まともに回してねーし、あの馬鹿、かなり体重落としやがった。一年レースでぶっちぎったのと、昨日のレース勝てたのはマグレだろ」
芳しくないと聞いて、福富の表情が曇る。
「体調がよくないのか?」
「だってあの馬鹿、先週ロクに寝てねーし食ってねーもん。それで土日にレース連チャンとか、馬鹿かっつーの」
毒づいて、ライバルと認定した千葉のクライマーについて、延々と語り続ける東堂を睨みやる。その視線に追随した福富は、元々細身のクライマーの体格が確かに一回り小さくなっているのを見て取る。
「今、東堂は選手として大事な時期だ」
「新開も言ってた」
噛みしめるような福富の言葉に、荒北は素っ気なく答える。
「二週間のロスを取り戻せると思うか?」
「アイツは、調整得意だろ。自転車に集中できりゃ、自分で何とかする」
「手伝ってやってくれるか?」
言われて、荒北はぐるりと首を巡らせて福富を見やった。
「東堂が自転車に集中できるように、また何か一人で抱えこまないように、見てやれるか?」
問いに、荒北は薄く笑う。
「それって、オーダー?」
命令ならば聞く、と示した荒北に、福富は一瞬渋い顔をしてからうなずいた。
「オーダーだ、うちの大事なクライマーを、インハイメンバー選抜に向けてマネジメントしろ」
「オレ、クライマーの調整なんかできないけど?」
「東堂の調整ならできるだろう」
「あんなワケ分かんねー生き物の担当みたいに言われても、困るんだけどォ」
「……荒北」
ゴネてみせる捻くれ者の名を、嘆息交じりに呼ぶ。
「頼む」
頭を下げると、荒北は左右非対称の笑みを深めた。
「しょーがねぇなァ」
「……天の邪鬼」
ぼそりと聞こえてきた言葉を背で跳ね返して、騒ぎ立てる東堂の後ろから近づいてその背中を膝でどついた。突然の暴力にバランスを崩した東堂が、立ち上がると荒北に食ってかかる。それに言い返した荒北との舌戦は瞬く間に激化し、東堂の横にいた新開が福富の横に待避すると、他の部員もそれに続いて二人から離れていく。
「寿一、何か靖友に言った?」
「……仲良くしろと」
余計なことを言っただろう、と決めつけられ、オーダー内容を端折って答えると、新開がのんびりとうなずいた。
「ああ、うん、あいつら仲いいしめっちゃ相手のこと気にしてるくせに、お互い仲悪いって信じてんだよなあ」
