最速を譲り渡す日

「おじいちゃん、サンタクロースは本当にいるの?」
 ついに来た孫の問いに、轟炎司は慌てず騒がず、周囲に目を巡らせた。娘夫婦、問うてきた幼児の叔父に当たる次男の表情、にやにやと楽しげな顔をしている男の顔を順々に見てとって、現状を維持、の圧を読み取る。
「……俺は会ったことはないな」
 大人達の視線の圧が上がったが、気にせず顎でニヤついている男を指し示す。
「相手は空を飛ぶんだ、会ったことがあるならホークスだろう」
「ホークス! サンタさんに会ったことある?」
「あー」
 矛先を向けられた男が、幼児の頭越しにじろりと半眼を向けてくるのを黙殺すると、長卓の下を掻い潜ってきた赤い羽に手の甲を抓り上げられたが、これは手の中に捉えて灰にする。
 トップヒーロー達のささやかな攻防を幼児に悟らせず、空を飛べるヒーローとして孫に絶大な憧れと信頼を寄せられている男はへらりと笑った。
「たまに見かけるよ。トナカイも速いから、一瞬ですれ違っちゃうけど」
「サンタさんもはやい?」
「赤いからね」
 赤い翼のヒーローが調子良く嘯いたが、次の無邪気な問いには一瞬詰まった。
「ホークスとサンタさん、どっちがはやいの?」
 思わず口元が緩んだところを、最速を謳う剛翼が飛来して鳩尾に一撃食らう。
「そう、だなあ……、クリスマスの日だけは、俺より速いかな」
「クリスマスだと、とくべつなの?」
「世界中を一日で回らないといけないからね」
 最速のウイングヒーローの葛藤と譲歩に気づかず、孫はなるほど、とうなずいている。
 サンタクロースの実在に対する疑念は、大好きなヒーローの言葉に完全に払拭されたものらしい。
 大人達の、申し訳なさそうな、すこしおかしそうな目になんとも複雑な顔をしたホークスが、何が言いたい、と睨んできたので、期待に応えて口を開く。
「大人になったな?」
「ええ、あなたと違って!」

 大人げがない、と詰られたので、その通りに振る舞って、ちょっとした取材にこの一幕を漏らしたところ、ウイングヒーローはクリスマスの日だけはサンタクロースに最速を譲り渡すと世間に広く知られることとなった。