うさぎははねる

「ミルコとトランポリンの関係を知っているか?」
 警察の捜査協力に呼ばれた会議の待ち時間に、視界の端にラビットヒーローの特徴的な耳を捉えて、当人に声をかけるよりは聞きやすい同世代の若手ヒーローに問うと、ホークスが目を瞬かせた。
「エンデヴァーさん、ダイエットでもするんですか?」
「ダイエット?」
「ミルコって、ファッションリーダ……とは、ちょっと違うのかな? 女子の間で一種の憧れのスタイルらしくて、ここ最近、色々美容特集組まれてるんですよ。で、あの体型維持しているのは、跳ね回る運動量から。その運動を再現するには、トランポリンが一番、ってダイエット法が今流行ってんです」
 武闘派プロヒーローの運動量についていける一般女性がいるとは思えないが、手を変え品を変え流行るダイエット法の中では、比較的エンデヴァーにも理解しやすいものである。
 ヒーローが事態の収拾に駆り出されるような、これだけ飲んでいれば痩せると称した怪しげな薬品だの、個性を全力で使えばエネルギーを消費するだのといって大規模な個性被害を起こすようなダイエット法に比べれば、実に健康的だ。
「怪しいダイエットに手を出すな、ってミルコが積極的に監修して本出したり、動画配信もしてるみたいですよ」
 トランポリンを取り入れたジムが増えたり、家庭用の器具も売れていると聞いて納得する。
「だから、メーカーに問い合わせたら品薄だったのか」
「……ダイエットするんです?」
 ウイングヒーローの二倍以上の体重だが、無駄な脂肪などひとかけらもないフレイムヒーローを訝し気に見上げてくる。
「エンデヴァーもホークスも、これ以上体脂肪率下げたら死ぬんじゃないか?」
 ひょい、と己の話題に首を突っ込んできたミルコが快活に笑う。
 卓越した戦闘センスで敵を薙ぎ払う印象とは裏腹に、随分と小柄な女性ヒーローを見下ろし、娘と同じくらいの身長だろうか、と目測する。
 褐色の肌の引き締まった体躯は健康美そのものだが、これはプロヒーローとして鍛えぬいた結果なので、やはり彼女を一般女性が目標とするのはあまり感心しない。
「娘が、運動をしたいと言い出して」
 夕食の席で、父親が自宅に設置したトレーニングルームを使っていいかと聞かれたので、即座に却下した。
 黙り込んだ長女と、気色ばんだ次男の様子に、言葉が足りなかったと理解し、自宅のトレーニングマシンは人並外れた筋力を持つエンデヴァー用に調整してあるので、普段運動をしない非力な女性が下手に手を出すのは危険だと説明を補足した。
 マシンの設定に詳しい自分か焦凍、せめて夏雄が付き添えない場合は触れない方がいい、と告げれば、次男は最初からそう言えと毒づきながら引き下がり、長女はそこまでして使いたいわけではないと言った。
 マシンには触らないので、小さめのトランポリンを買ってトレーニングルームに置いていいか、と問われ、何故突然トランポリンが出てきたのか分からず、首を捻った父親の代わりに、夏雄が笑い出した。
 ミルコかよ、と突然若手ヒーローの名が出てきたことも、やはりエンデヴァーには理解できなかったが、姉は弟の揶揄に大いに腹を立てた。一晩明けても怒りは収まらず、普段家のことを取り仕切っている長女がストライキを起こしているため、轟家は既に様々な支障が発生している。
 ホークスの説明で、ミルコが看板になっている流行のダイエット法について、次男が余計なことを言って、長女の怒りを買ったことがようやく理解できた次第である。
「そりゃ、夏くんが悪いです」
「笑っちゃだめだろ」
 若手ヒーローがきっぱりと口を揃えたことに嘆息する。
「ここで、俺がトランポリンを買ってやるのは悪手か?」
「娘さんの性格による!」
 分からない、ときっぱりと応じたミルコの横で、ホークスが考え込む。
「冬美せんせー的には、エンデヴァーさんがオロオロとプレゼント用意してきたら嬉しいんじゃないかと思いますけど、それとは別に夏くんはきっちり謝らないとダメかと」
 父親からそれを指図すると、余計にへそを曲げる可能性がある、という顔を正確に読み取ったホークスが、ちょっと連絡いれておきますね、と苦笑する。
「なんでエンデヴァーの息子の連絡先知ってんだよ?」
「たまに情報やりとりするから。ショートくんの方はさすがに知らない」
「お前んとこのインターン、ショートのクラスメイトだろ。確実に外堀埋めんの、超キモいな!」
「埋めてないから!」
「外堀?」
「埋めてません!」
 よく分からないが、なにやら逆上しかけているので、触れずにおく。
「娘さん、エンデヴァーから見て、ダイエット必要な感じ? それとも、必要ないのにダイエット、って言うタイプか?」
「…………ふつう?」
 特別痩せているとも太っているとも思ったことはないが、己の認識が一般的なのかどうか分からない。
「……何で俺見ますか?」
 娘と同い年の若造の感覚で見た場合はどうなるのか、発言を求めただけである。
「なあ、ホークス、どうなんだ?」
「人様のお嬢さんの体型評価とか、めちゃくちゃ困るんですけど!」
「状態分かんなきゃ、アドバイスしようがないだろ」
 普通です、とヤケクソ気味にホークスが告げる。
「ありがちなモデル体型やらシンデレラ体重が目標なら、ダイエットするかも、くらいの普通の感じです。……ちょっと、胸大きめで隠そうとして選ぶ服で着太りするタイプで、本人がそれ気にしてるかもです」
 たまに意見を求められる、これは太って見えるかという娘の質問は、服によって変わる印象の意見を求めていたのかと、ここで初めて理解する。
「うわぁ……」
「何で言わせといて、そういう顔するかな……!」
 不審者を見る目を唸るホークスに向けたミルコが、エンデヴァーを振り仰ぐ。
「なあ、エンデヴァー。こいつ、娘さんに近づけて大丈夫か?」
 もはや無言で戦闘態勢に入りかけたウイングヒーローを抱え込んで、鳥と兎の二羽を引き離す。
 同世代で仲良くじゃれているだけかもしれないが、ヒーローの集められた場で、トップヒーローが意味のわからないことで争うな、と叱咤すると、ホークスが腕の中でぴたりと動きを止めた。
「ミルコも」
 鳥がおとなしくなったところで、じろりと兎を睨めば、弄りすぎたと舌を出す。
「悪い悪い、そいつ馬から射たりしないわ。将を直接狙……痛っ!」
 赤い羽に鼻先をはたかれて、ミルコが小さく悲鳴を上げる。
 小さな羽で、尖らせることもなく面で叩いているので、加減はしているのだろうが。
「よし、上等だこのガキ……!」
「こっちの台詞なんですけどねえ……!」
「貴様ら暴れるな!」

 家に帰って、長女にトランポリンを発注したことを告げるついでに、最終的に殊勝に揃って謝罪したホークスとミルコから預かった冬美向けに組まれた筋トレメニューのメモを渡すと、プロヒーローを巻き込まないで、と顔を覆って絶叫された。
 また、スマホを手にした次男から、ホークスに何か告げ口したのかと夜に唸られたが、翌朝には何故ミルコに名指しで「ナツオくんはお姉ちゃんに謝れ」と全国区で放送されたのかと頭を抱えていた。
 どうしてそうなったのかと詰め寄られても困るのだが、あの二人は姉弟のようなものなのだろう、と子供達を見て思うことにした。