これはそういうあれなので

 ある日突然エンデヴァーの目の前に現れた、よく囀る深紅の翼の若手ヒーローは娘と同い年だった。
 ちょうど己を振り返り、その行状と結果の惨状に直面していた時のことで、子供達の未来を守らねばならない、というヒーローとしての立ち位置を改めて据えた際に、その若造を子供のうちに含めるのは、ごく自然な流れだった。
 軽薄で生意気な不遜極まりない若造、という表面上の擬態をひっぺがせば、そこにあったのはあまりに危うい立ち位置の自己犠牲的な子供の姿で、常に犯罪者と渡り合うプロヒーローとして危険に身を晒す立場にあっただけに、他の子供達よりも注意を払う必要があった。
 特殊な育ちで公安組織にいいように使われ、使い捨てられるまでが己の仕事と思いこんでいた節のある子供を何が何でも生かして残して、何もその子から奪わせない。
 そんなことを特に当人の意思を確かめずに勝手に決めて、その通りにやり遂げた。
 反社会集団が敵連合と名乗っていた頃から、彼らに通じて内偵していた若造は一時は内通者として糾弾されたが、全てが終わった後、多数のヒーロー達の協力の下、その名誉を回復させ、ヒーローに留めることが叶った。
 社会の混乱の一端を担ってしまった責任をとって、ランキング除外の立ち位置からヒーロー活動を再開し、デビュー当時の再現のように、あっさりとランキングを駆け上がって二位に返り咲いて、地元を守って今日もへらへら笑っている。
 エンデヴァーが望んだ通りの結果で、これ以上望むことはない。
 といった主旨の、思うところをまとめたところ、半ば無理やり聞き出した同年代のヒーロー達が頭を抱えていた。
 彼ら自身が、ウイングヒーローのことをどう思っているのか、どうしたいのか、と酔って絡んできたのだが。
「……つまり、自分の子供のように思ってる、ってことでいいのか?」
「いや?」
 子供としてカウントしたのは確かだが、自分の子供と同一視したことはない。
 子と同世代の、事情を山ほど抱えた若造を保護してやって、己の家族に対する罪悪感の手っ取り早い解消に使っているだけなのか、散々に自問自答したが、そういうわけではなかったのだと思う。
「うちはうち、あれはあれ」
 最終的にそう落ち着いた認識を伝えると、同僚達に頭を抱えたまま睨まれる。
「どういうあれで、こういうそれになるのか、きっちり説明してみろ」
 こういうそれとは、この酒豪達に絡まれ、完全に沈没した若造のことで、ふらふらになったところでようやく助けを求めてきたので、回収して水を飲ませて畳んで膝の上に置いたものである。
 しばらくは畳んだ端から翼を広げてはふにゃふにゃと何やら宣っていたが、今は翼も含めてきれいに五つ折りになって寝息を立てている。
 アルコールハラスメントを理解しているか、とベテラン勢に皮肉ったところ、寄ってたかってセクシャルハラスメントに移行した辺り、ヒーローとしてのモラルに問題がある気がしないでもない。
「可愛い羽つきを膝に乗っけて悦に入ってるおっさんに、セクハラ呼ばわりされる筋合いだけはねえ」
「これは、世間一般的に可愛いとは言わない」
 一般的に、三十路も近い髭面の男を可愛いとは称さない。 
 これが可愛く見えるなら、相当に目が悪いか、もしくは精神上に問題がある。
そうきっぱりと宣って、また視界を遮った紅い翼を丁寧に折り畳んで背を宥めるように撫でておとなしくさせ、深々と嘆息する。
 全くもって、精神上に問題がある。