ハンドメイド

 広報との打ち合わせが終わった後、ふと思い出して、エンデヴァーはスポンサーから寄越されたブランドロゴの刻まれたボールペンの入った箱を取り出した。
「もらったんだが、いるか?」
 布張りの小箱に収まった銀色のペンを見下ろし、長年エンデヴァーの事務所で広報担当を務める男は少し呆れ顔をした。
「一応言っておきますが、それ、ノベルティでばらまくペンとはお値段が二桁は違いますよ?」
「箱代が高いんだろ。俺は使わん」
 じゃあ遠慮なく、と笑って箱を閉じて鞄にしまうのを、少々複雑な顔をして見守る。
「何です、その、こいつ本当に遠慮しないな顔は?」
 上司と部下という関係ではあるが、事務所立ち上げの頃からいる古株は同世代なのもあって、気安い口をきく。
「いや、うちの事務所の人間はこういう時に遠慮しないな、と思っただけだ」
 エンデヴァーのやや独白じみた回答に、広報担当は片眉を上げた。
「うちの連中は、所長が気前よく物くれるのに慣れてますからね。使わないと言ったら、文字通り使わないし、死蔵させるくらいなら使う人にって性格なのも理解してますし。どうしました、プレゼントを受け取ってくれない子でもいるんですか?」
「……ホークスが」
「ああ……」
 軽口を叩いていた広報担当が、何故か納得顔になるのが解せない。
「あの子、遠慮なんか生まれてこのかたしたことないって顔してるのに」
「人の食いさしは遠慮なくねだるんだが……」
 自分のところのサイドキックは、何か物を与えると恐縮しつつも素直に喜ぶので、そのつもりでいたのだが、傍若無人なはずの若者に何か与えようとする度にひどく困った顔をされる。
「んー、銀座の店のNo.2に入れ込んで貢ぎまくってるんなら、業務上全力で止めるとこですけど、まあ、ヒーロー界のNo.2なら有りですかね」
 語弊のある物言いに、眼力を強めるが、長年の耐性のある部下はびくともしない。
「一応、真面目に答えると、うちの若い連中に少し高価なもの与えても、働きで返そう、って発奮するんでいいんですけどね。そういう関係でない相手に、一方的に高価なものを大量に贈られると困るでしょうよ」
「…………困るのか」
「贈られたら返さなきゃってのが、普通の感覚ですから。一方的に借りが溜まるのって困るでしょう。でも、あなたに何か贈り返そうにも、あなたはもう何でも、お気に入りの一流のものを持ってますからねえ。おいそれと贈りにくいですよね」
「別に、負担をかけるつもりじゃなかったんだが、そうなるのか……」
「あと、これは一般論ですけど、高価な贈り物って見返りを求める下心込みなもんなんで。普通の感覚の子なら、父親くらいの年齢の他人から高級品贈られるのって気持ち悪いものですよ」
「……下心」
 衝撃を受けた顔をしたエンデヴァーに、一般論の女の子の場合だ、と再度注釈が入る。
「ホークスくん相手に、下心込みでプレゼントしてんですか」
「ないとは言わんが」
 正直に答えると、エンデヴァーの失言に長年対応してきた広報は一瞬黙った後、一つ息を吐き出した。
「No.2に、どういう見返りを求めてるんです?」
「…………喜んだ顔が見たい」
「失言大王のくせに、時々剛速球でストレート投げてくるの、いい加減改めてくれませんかね。それは、下心じゃなくて、一番純粋なやつです」
「あと、単純にあれを着飾らせるのが楽しい」
「あの子、CM見てても何着せても似合いますからね。確かに、金に糸目付けないでいい立場だったら絶対楽しいですね、その着せ替え遊び」
「たぶん、マーキングの意図もある」
「自覚があったんですか」
 ああ言えばこう言う、腹の立つほど頼りになる広報担当である。
「食事はよく行ってるでしょう。結構喜んでますよ、あれ。お返しも、いつも事務所に張り込んだお土産持ってきてくれてますし。あなたの好みそうな菓子を、一生懸命開拓してる感じがまた」
「……あれは、消え物ばかり受け取るんだ」
「残るものだと、ちょっと重いんじゃないですか?」
「俺は、あれに重りを付けたいんだ」
 だから、あの軽佻浮薄な空飛ぶ生き物に、問答無用で重量物を押しつけているのである。
「…………週刊誌に熱愛疑惑売りつけてやろうか、って頭を過ぎるくらいの熱烈ぶりで」
「何か問題か?」
「むしろそこで、問題点がないと思ってる辺りが問題ですが、もう慣れてます。というか、そんなに可愛がってるなら、欲しいものを直接聞いてプレゼントすればいいじゃないですか」
 顔を取り巻く炎を増やしたエンデヴァーに、敏い広報はもうとっくに試したのだと理解したらしい。呆れ顔で続きを促されて、苦々しい気持ちを掘り起こしながら口を開く。
「火が欲しいと」
「……火」
 指差されて、フレイムヒーローは渋い顔でうなずいた。
 煙草の火でも点けろと言われたのかと思えば、小さな蝋燭を差し出されて、よく分からないながらも灯してやれば、燃え尽きるまで黙って眺めていた。満足なのか、と問えば笑ってうなずいて、少し寂しそうに消えない火が欲しいと、ぽつりと洩らした。
「…………その、時々ありえないくらい健気なの、どこで引っかけてきたんですか?」
「知らん!」
 どいつもこいつも似たような反応をするな、と唸ったエンデヴァーの、あの時感じたほとんど怒気に近い、何としてでも形あるものを受け取らせてやるという気炎を理解したらしい広報担当はしばらく考え込んだ。
「火で、何か作ったら、喜ぶんじゃないですかね?」
「……何をだ?」
「あー、炒飯とか?」
 途中で面倒になったのか、急に投げやりになった部下を炒めてやろうかと、エンデヴァーは身を取り巻く火炎を大きくした。

「やる」
 少し重量のある紙袋を突きつけると、鷹の名を持つ新進気鋭の若手ヒーローはまず警戒の目を向けた。
「作った」
「エンデヴァーさんが?」
 付け足した言葉の効果は絶大で、いつもならのらりくらりと受け取らないよう腐心するホークスがあっさりと紙袋を手にして、中から木箱を取りだした。
「赤っ」
 蓋を開け、それが何なのかを把握する前に、まず色が鮮烈だったらしい。
 丸みを帯びた金赤のロックグラスを両手で慎重に持って、矯めつ眇めつしてから振り仰いでくる。
「ガラス製作体験とかしたんです?」
「いや、工房で作り方を教わって、自分で溶かして作った」
 初心者向けの教室もやっている工房だったが、熱源が自分な上に、ヒーロースーツのグローブをした手で成形する客は初めてだったようで、少々製作現場で一騒動あったが、済んだことである。
「自分で溶かして作った、ってすごいパワーワード。手びねり風グラスを、ガチで手びねりするエンデヴァーさん見たすぎる……!」
 けらけらと笑う顔を見ていると、これの何が健気なのか、己の正気を疑うが。
「しかし、何で急にグラスを手作り?」
「最初、陶芸を勧められたんだが、あれは初心者には焼きの調整が難しいのと、焼き上げに長時間拘束されることになるから、意外と向いていなかった」
「……自分で焼くことにこだわるのって、やっぱ個性上の何かですか?」
「貴様が欲しいと言ったんだろう」
「え?」
 グラスを恭しいほど丁重に扱いながら、不思議そうに振り返る。
「そんなこと言いました?」
「消えない火をくれと」
「い、言ってません」
 少し狼狽えながら、慌てたように首を横に振る。
 酔って記憶がすっぽり抜け落ちることはないが、ところどころで曖昧になることを知っているので、言った、と言い張ればこちらの方が強い。
 正確には、火をくれと言ったのは一度で、蝋燭が燃え尽きた後に、消えない火はないのか、と洩らしただけで、それには「欲しい」の一言は含まれていなかった。
 個性の名に併せて強欲なのだなどと嘯くが、これが滅多に欲しがらないことをもう知っている。
「いらんのか?」
「や……、いりますいります! エンデヴァーさんの手作りグラス、めっちゃレア! うれしいです! ありがとうございます!」
 取り上げられないよう、慌ててグラスを庇いながら距離を取って、もらったという既成事実を作るように捲し立てる。
 エンデヴァーが奪い返そうとしないのを確認した上で、改めて真紅のグラスを灯りにかざして、消えない火、とこれまで何か押しつけた中で最も嬉しげに笑う。
 本当に、ごく単純に、この顔が見たかっただけなのだと再認識して、実に重症だと嘆息する。
「どうかしました?」
「いや、火で作るなら、炒飯でいいんじゃないかと言われたのを思い出した」
「…………エンデヴァーの、火で作った、炒飯」
「作らん!」
 餌を待つ雛鳥さながらに、実に騒々しく全開の笑顔で食べたいとねだられて、最終的に根負けした。