伝えたかったことなら大体言えた

 室内の唯一の光源はテレビ画面で、その青白い光を受けて血の気の失せた肌がより青褪めて見えた。
 一つ舌打ちして、薄汚れた壁のスイッチを入れると、半分ほどは照明が点いたが、一部切れかけた蛍光灯がちらちらと明滅した。
 鬱陶しそうに天井を見上げてからこちらに視線を下ろした男は、興味なさそうにまたテレビに顔を向けた。
「メシ」
「腹減ってない」
「食わねーと薬飲めねーだろが」
「荼毘、ときどきお育ちのいいこと言うね?」
 胃にものを入れてから服薬、というごく当たり前の発言を揶揄するような物言いに苛立って、食料の入ったコンビニ袋を包帯の巻かれた背に投げつける。
「やめろよ、痛い」
 本来ならば派手派手しい色の長大な翼の生えた背には、今は申し訳程度に付け根に残った羽毛の塊に、端が焦げ軸が折れた小さめの風切り羽が数枚みすぼらしくぶら下がっているだけだ。包帯の下は程度は軽いが広範囲に渡って火傷を負っていて、今の衝撃も相当に響いたはずだが、抗議の声は淡々としていた。
 蛍光灯の点滅とともにその輪郭もぶれるような錯覚に、荼毘は再度舌打ちして照明を切った。室内はまたテレビの光源のみとなったが、今度は画面に映る光景によって男の顔色が変わる。
「ニュース、そんなに楽しーか?」
「割と」
 ぼろぼろになった彼を回収してやって、連合の隠れ家の一つに放り込み、目覚めてから飽きもせずにテレビを眺めている姿を皮肉るが、堪えた様子もない。
 報道内容も飽きもせず、絶大な人気を誇ったウイングヒーローの背信についてで、その発覚から三日経って、まず続々と証拠が挙がった後、速すぎた男の隠された私生活や過去が明かされ始めた。
「これ、どこまで事実だよ?」
「ゴソーゾーにオマカセシマス」
 ゴシップに巻き込まれた有名人らしい返答にも、特に感情はこもっていない。
 愛想笑いを拭い去れば、異形の特性が目立つ冷たい硬質の顔の動きを観察しながら、テレビ画面上の信じられないと泣くファンや、好き勝手なコメントをする善良な一般市民、苦々しい顔でノーコメントと吐き捨てるトップヒーロー達の姿を流し見る。
「なあ、今どんな気分?」
「ガキみたいに『ねえねえ、今どんな気持ち?』って聞いてくるアホがいて、超面倒くせーな、って気分」
 これまで己を祭り上げてきた全てに掌を返されたはずだが、どうにも崩れない。
 面倒くさいのはどっちだ、と苦々しく思いながら、継ぎだらけの手でこちらを振り返った男の頭を鷲掴み、目を反らした画面に向き直らせる。
「なあ、どんな気分?」
 そこには突きつけられたマイクやICレコーダを不愉快そうに冷たい蒼い双眸で睨み据え、一言も応じないフレイムヒーローの顔が大写しになっていた。
「…………したいことはしたし、言いたいこと言ったし、大体満足」
「言いたいこと? 『ズットスキデシタ』とか『アイシテマス』とか?」
 一番柔らかい部分を抉ったはずだった。
 想定していたのは強がりが決壊する様で、本当に満足そうに嬉しげに笑うなど予想していなかった。
 カメラをまっすぐに睨みつけるヒーローらしから大きな傷の走った凶悪な顔を見据えて、子供じみた顔で笑って告げる。
「『安心しました、かっこよかったです』」