おかまいなく

 自身の子供のような年齢のよく喋る鳥と付き合いができて、新しい言葉をいくつか覚えた。
 実年齢よりも思考や言葉が古臭いらしいエンデヴァーが、軽佻浮薄な若鳥と同じ物言いをしては惨事になることは承知しているので、口にすることはほぼないが、最近聞き知って上手いことを言うと納得したのが、「積読」である。
 読む暇がなく、未読の本が積みあがっている状態を言うらしく、久しぶりの丸一日の休日に、その積読の山を崩そうと、昼過ぎに本を手に庭に出た。
 平日のため、娘は仕事、元々家に居着いていない息子達も学校である。
 日差しは柔らかで風は涼しい、絶好の読書日和だったが、ページを捲り始めてしばらくして、積んである書籍を全て乱暴に投げ出したような羽音を立てて、ウイングヒーローが庭先に降り立ったことで、平穏は崩れ去った。
「あ、おかまいなく」
 じろりと眼鏡越しに睨みやっても堪えた様子なく、午後はオフなのだと嘯いて、手土産らしき紙袋を掲げる。
「冷蔵庫借りまーす。三時に食べましょうね」
 もはや何の遠慮も見せず、縁側から上がり込んで台所に向かうウイングヒーローは、少なくともその時間までは居座る気らしい。
「食べたら暗くなる前に帰れよ」
「はーい」
 返事だけはよく、ぱたぱたとはためいた紅い翼に、もう一つ崩さないといけない山があったことを思い出す。
「台所に林檎があるから勝手に食え」
 箱いっぱいに送られてきた林檎の消費を任せると、嬉しげに両手に一つずつ持って戻ってくる。
「俺はいらん」
 昼を食べたばかりだ、と断っているのに、持つだけでいいと何故か押し付けられたかと思うと、スマホを構えて写真を撮られる。
「……何をしている?」
「映えです」
「ばえ?」
「エンデヴァーの眼鏡オフショ、アップしていいです? あ、本、タイトル見えるようにしてくれると嬉しいです」
「おとなしく座って食ってろ!」
 鳥の操る言語はさっぱり理解できなかったが、全て却下して焼き林檎になりかけた果実を押し付けて座らせる。
 それでもしばらく生焼けの林檎を齧りながらスマホを弄りつつ話しかけてきて、一向に黙らない。
「エンデヴァーさんって、時代小説しか読まないものかと」
「何でも読む」
「恋愛小説でも?」
「薦められれば」
 今日読み始めたのも、ヒーロー仲間が面白かったと薦めてきた金融業界ものである。
「じゃあ、今度、エンデヴァーさんに持たせたい恋愛もの持ってきます」
「読ませたいじゃないのか」
 おそらくは、可愛らしい表紙の本を持たせて写真を撮ろうという心づもりなのであろう、理解し難い生き物の手から携帯を取り上げる。
「おかまいなくー」
「貴様が構ってこなければ構わん」
 本を読ませろ、と唸り、おとなしくするように言い聞かせて携帯をその手に返してやると、しばらくおとなしく林檎を咀嚼していたので、意識を文面に戻すが、少しして今度は背が何度も小突かれた。
「おい……」
 肩越しに睨もうとして、ふよふよと揺れている明るい色の髪に気が抜けた。
「……おい」
 舟を漕いでいた上半身が、がくりと傾いだところを片手で受け止め、扱いに少し悩んでから縁側に転がす。その拍子に手から取り落とされた携帯は脇に起き、ころころと転がった紅い果実を取り上げる。少し焦がした実は完食したようで、一口齧っただけの生の林檎を手にして、何故食べながら眠れるのだと呆れる。
「おい、また口の中に入れたまま寝てないだろうな?」
 いつか窒息死するのではないかとひそかに危惧している生き物を引き起こし、頤に手をかけたところで、ばちり、と開いた目と目が合った。
 見開かれた金色の眼がうろうろと視線を彷徨わせ、状況を把握しようとするのを黙って見守っていると、若造は寝起きのためか、いつもの数倍歯切れ悪く宣った。
「お…かまいなく」
「構うわ!」
 結局、冒頭数ページしか進まなかった文庫本で、時々妙に学習能力が欠如する鳥頭をはたいて、エンデヴァーは本日の読破を諦めた。