アップデート

 家族というものと縁が薄かった。
 実の親すら疎遠で、普通はいるらしい親戚なんてものが存在するかどうかすら知らず、興味もなかった。
 ごく当たり前の子供のような顔で小学校に通っていた頃、同級生の親戚のおじさんに対する、赤ん坊だった頃に好きだった菓子を今でも好物と思い込んで食べさせようとしてくるだの、小さい頃に好きだったアニメのキャラクターものをプレゼントしてくるだのといった愚痴を笑って聞きながら、そんなものなのだと学習した。
 自分には夏休みに遊びに行くおばあちゃんの田舎も、赤ん坊の頃の失敗をいつまで経ってもネタにする親戚も、風呂上がりに下着一枚で家の中をうろつく父親も、宿題をしろとうるさい母親も存在しなかったので、普通の子供達の言う家族に対する不平不満を注意深く聞いて理解し、学習した。
 人真似をして、似たような不満を創作して、おじさんという人種は子供の成長に応じたアップデートできないのだと言って笑った。
 それは遠い、守るべき世界の話だった。

 事務所の提出書類を上京ついでに本部に直接提出に行くと、昔馴染の公安職員が今日も死にかけていた。
 小さな頃から公安に籍を置いているようなものだから、多少は顔見知りの人間もいる。
 目良などは、ホークスが本当に小さな頃から見知った顔だが、新人だったはずの当時から、憔悴した顔の印象が変わらない。
 眠い、帰りたい、といつもぼやく男はもしかすると、幼い頃のホークスの面倒を見ていたつもりでいるかもしれないが、廊下で行き倒れた彼を回収したり、足元の怪しい男の歩行補助をした記憶の方が多い。
 今日も昼をとりにいく途中で行き倒れていたので、剛翼で拾って食堂まで連行し、うどんなら食べられるだろうと、勝手に注文して目の前に置いてやる。
 義理は果たした、と突っ伏して身動きしない公安職員を放置して、自分の昼食もすませようとしたところで、横から声を掛けられた。
「ホークス、お前も書類提出か」
「あ、はい、こっち来る予定あったんで、ついでに出しに来まし……エンデヴァーさん?」
 声をかけてきたのは顔見知りのベテランヒーローだったが、その横にフレイムヒーローが立っていて驚く。
 書類提出の時期に加えて、今日は午後から会議があるらしく、所長達自ら提出ついでに食事に来たのだと言う。揃えた書類の話がしたいようで、一言断って横に座り、エンデヴァーも黙って斜め向かいにトレイを置いて腰を下ろした。
 少し悩んで、このままもまずかろうと、テーブルの下で正面で眠りこけている目良を羽でつついて起こす。
 ゾンビのような動作で身を起こした目良が、ほとんど開いていない目でいつの間にかヒーロー密度の上がっていたテーブルを見回し、最終的に目の前に置かれた丼に視線を止める。
「……うどん」
「はい、食べて寝てください」
 頭が動いているか甚だ怪しい男に箸を渡してやると、その箸で練り物を摘まんでこちらの丼に放り込んでくる。
 あまり行儀のよくないそれに、ベテランヒーロー二人が妙な顔をした。
「ナルト、嫌いなのか?」
「いえ、この子が小さい頃から好きなんで」
「目良さん、起きて!」
 いつの頃の話をしている、と頭を抱える。
 本人が覚えてもいないような、幼児期の偏った好みの話を今持って来られても困る。
「あー、うちの子も昔やたらと好きだったな」
「……そういえば、うちもだな」
 何故か子持ちのヒーロー達にも思い当たる節があったらしい。
「なんだろうな、あれ。ぐるぐるしてるのが子供心をくすぐるのか?」
「知りません!」
 この場では最年少かもしれないが、子供代表のように問われても困る。
「好きなんだろ?」
 幼少期の好みをいつまでたってもアップデートできない親戚のおじさん、などという話題を他人事として聞いたことがあったが、自分にも思わぬ伏兵がいたらしい。
「あのですね……」
「好きじゃないのか?」
 エンデヴァーまでそんなことを言い出して、憮然とした顔を向けると、たまたま同じうどんを頼んでいた男が、ナルトを箸に挟んだ姿勢で首を傾げていた。
「…………好き、です」
 そうか、とうなずいたエンデヴァーが、ホークスの丼に練り物を落とし込む。

 その日、フレイムヒーローの認識の中で、ウイングヒーローの好物がアップデートされた。