Don’t Disturb

「あ、ダメだ、すごく眠い」
 すく、と立ち上がっての所長の突然の宣言に、常闇は目を瞠った。
「ちょっと二時間仮眠するんで、何か事件発生したら起こしてください。急ぎの決済は全部終わらせたと思うけど、他にあったら今言って。やってほしいことはメールしといたんで見てください。あと、もう少ししたらエンデヴァーさんの事務所の人が来ると思うんで、そこのファイル渡して、他にも資料請求されたら、全部出してあげてください。ツクヨミくん、頑張るのはいいけど、遠いんだから早く帰るんだよ」
 オフィス内を横断しながら、はきはきと指示して、後はよろしく、と告げて事務所のソファに倒れこんだかと思うと、すぐさま寝息を立て始めたホークスに唖然とする。
 嘘のような寝つきにまず冗談を疑うが、事務所の先輩に当たるサイドキックの二人は平然と書類の作成を続けている。
「あの……」
「ああ、ここしばらく寝る暇がないくらい、忙しかったんだ。静かにな」
 声を落として応じたサイドキックに、よくあることなのだと悟る。
「何か、掛けるものを……」
「やめとけ、目ば覚ましちまう。寒けりゃ自分で被る羽の数調整する人やけん、下手に近づいたらいけん」
 余計なことはするな、と制されてもどうにも気になるが、おそらく先達の言うことが正しい。
 ホークスは、自分の面倒は自分で見られる大人だ。
 このタイミングならば仮眠の時間が取れると判断したのだろうし、周囲の気配に敏い男は、うるさく騒いだり、下手に世話をしようと手を出せば起きてしまうだろう。
「そわそわすんのもやめとけ、普段と違う動きばしとうと、起きる」
「善処する……」
 ソファからはみ出る足先がどうしても気になりつつ、手馴れてきた書類の作成を黙々と進めて小一時間程経過した頃、不意に事務所の電話が鳴り響いて飛び上がる。
 目を覚ましてしまったのでは、と焦る常闇の横で、サイドキックが電話を取った。
「エンデヴァー事務所の方、来られました。こちらで対応しますんで」
 電話を切って、当たり前のようにソファに向かって声をかけたサイドキックに対し、ソファ越しにひらりとグローブをはめたままの手が振られて、ぱたりとソファの影に落ちる。
「ツクヨミくん、お客さん案内してきて」
 ビルの受付からの連絡だったらしく、サイドキックの指示にうなずいて席を立つ。
 エレベーターを降りて、ヒーロー事務所のスタッフらしき人物、と探しかけて燃える火炎に目が止まった。
 ヒーロー事務所に所属していそうというレベルではなく、そこにヒーローがいた。
「エンデヴァー!」
 思わず声を張り上げてから、さん、と慌てて敬称を付けて、頭を下げる。
 エンデヴァー事務所の人間が来たとは聞いたが、当人とは聞いていない。ホークスの指示でも、サイドキックが資料を取りに来ると言っていた。
 焦る常闇を見下ろして、No.1ヒーローも少し考えこんだ。
「君は……、確か体育祭で三位を穫った……?」
「はい、常闇です。轟、くん…とは同じクラスです」
 クラスメイトの父親でもある男に、顔を覚えられていたことに驚きながら挨拶する。
 踏み込んだ話をするほど親しい間柄ではないが、それでも轟が父親に対して確執を抱いていることは知っている。実力は学年トップクラスの彼が、体育祭の首位をあえて逃し、仮免試験に落ちたのも、父親の影に精神の平衡を欠いたのが原因だと推察している。
 強大な男だ。
 速すぎる男が猛スピードで追い上げても、まだ事件解決数最多を誇る業火のヒーロー。苛烈な性格でも知られ、畏怖される男は、武威を誇示するヒーローとしてはそれでも良いかもしれないが、家族であった場合はどんな存在となるのだろうか。
 僅かに身構えて炎を纏う男を見上げていると、威圧感を増す顔回りの火炎が不意に消えて、ヒーローの素顔が晒された。
 顔立ちはさほど似ていないが、深紅の髪と色素の薄い緑青の瞳の組み合わせは、同級生の左半面と同じだ。数か月前にこの街で刻まれた大きな傷跡も、息子の火傷痕を彷彿とさせる。
「焦凍は、まだ色々と未熟なので迷惑をかけることが多いと思うが、その……、仲良くしてやってくれ」
 言い慣れていなさそうな少したどたどしい台詞に、No.1ヒーローも人の子の親なのだな、と考えながら、こちらこそ、と応じ、常闇は同級生の父親を職場に案内するために先導して歩き出した。

「エン…ッ、デヴァーさん」
 想定外の来客の姿に跳ね上がった声は、背後のソファで仮眠中の所長を慮って尻すぼんだ。
「すみません、ご本人がいらっしゃるとは思ってなくて……」
「人をやるより、自分で判断した方が早いからな」
 熊本出張のついでに寄った、と応じたエンデヴァーの鋭い目が事務所を一薙ぎする。
「ホークスは?」
「あの……」
 起こして応対してもらうべきだろうか、と焦りながら、上司が突っ伏しているソファに常闇が目をやると、その視線を追ったエンデヴァーもはみ出した靴先を目にして状況を察した。
「寝ているのか」
「申し訳ありません、先程仮眠に入ったばかりでして……」
「寝かせておけ、あれと話すことは特にない」
 喋らせるとうるさいし時間がなくなる、と渋面を作ったNo.1に恐縮しながら、サイドキックが用意していた資料を手渡す。
 ぱらぱらとファイルを捲って、少し考え込んだエンデヴァーが、簡潔にまとめられた事件の元の資料をいくつか見たいと言い出した。
「ツクヨミくん、用意して」
 追加資料の要請には従うように、とホークスの指示がある。
 うなずいて事件資料のファイルを取りに行こうとした常闇は、エンデヴァーがファイルを捲りながらローテーブルの周りにソファを並べたコーナーに向かうのを目にした。
 普段、事務所のスタッフもそこで作業することが多いが、今はホークスが寝ている。
 起こさなくともよい、と言ったのは彼自身なのに、そこに近づかれたら確実に起こしてしまう。
 誰もエンデヴァーを止めることもできず、ようやく取った休息を中途半端に切り上げて起き上がる上司の姿を予想したが、威圧感の塊のような男がソファの真横に立っても、ホークスが起き上がる気配はなかった。
「おい、寝るなら靴くらい脱げ」
 掛けられた声にも応じないホークスに、ファイルをローテーブルの上に投げ出したエンデヴァーが屈みこんだかと思うと、しばらくして靴が片足ずつ床に放り出された。続いて、外されたグローブもテーブルの上に投げ捨てられる。
「上着も脱げ!」
 上半身を引き起こされたホークスが僅かに何やら呻いたようだったが、それ以降は無反応で、焦れたNo.1が強引にジャケットを引き抜いた。
 この天井の高いオフィスでも広げれば天井に届く長大な剛翼を実にぞんざいに扱って、上着を引き抜かれたウイングヒーローがぱたりとソファに倒れこむ。
「相変わらず寝汚い……」
 ぼやく声が聞こえたが、常闇はそんな師を知らない。
「あれは……、起きているのでは……?」
「いや、さすがに寝た振りやろ……。その方が面倒ないって判断やろな」
 サイドキックとひそひそと言葉を交わし、おそらく所長は想定していなかったエンデヴァー本人の来訪を、寝た振りでやりすごすことにしたのだろう、という結論に達した。
 現在のランキングで並ぶ二人は、常闇が生まれる前から不動だった前の一位、二位のような不仲はないものと思っていたが、そうでもないのだろうかと首を捻る。チームアップや情報の連携も行っていて、仕事で上京する際は挨拶にも時間を割いているのを知っているので、関係は良好なのだと考えていた。
 一年近く接してきても、全く考えの読めない男なので、彼がNo.1に対しどんな感情を抱いているのかなど、常闇には計り知れない。
 とりあえず、エンデヴァー自身忙しくあまり時間がないようだし、なるべく早く引き取り願った方が良いのだろうと、急いで資料を揃えて持っていく。
「こちらが資料です」
「ああ、すまない」
 本来、大きめのソファはホークスが完全に横になっても余裕がある。先刻、足がはみ出していたのは、倒れこんだ姿勢そのまま身体全てを収まる位置に移動しなかったためだったが、今はソファの端に体格の良い男が陣取ったため、やはり足先がはみだしていた。
 先程まではうつぶせに寝ていたはずだが、上着を剥ぎ取られた際にだろう、顔をソファの背に向けて横向きに体勢を変えていた。背を覆う緋色の翼が少し広がって、下側の風切り羽が床に付きそうで付かない位置で、寝息に合わせて規則的に上下していた。
 脱がされた上着は畳まれて頭の下に枕代わりに敷かれていて、寒いのではないだろうかと近づくと、ソファの周囲の気温が違っていることに気が付いた。ストーブなどないはずだが、と一瞬悩んで、すぐにその要因に思い至ってフレイムヒーローに目を向ける。
 それが常態なのか、上着を剥いだ相手のためなのかが判然としないが、炎の個性を持つ男が隣にいるならば風邪をひく心配はなさそうである。
 念のため、ソファの背に向いた顔を覗き込む。
 こちらの気配に気づいて、片目を開けて目配せと何らかの指示を伝えてくるのを期待したのだが、目を閉じたままの横顔は安らかだった。
 眠った振りのはずだが。
「どうかしたか?」
「いえ! 失礼しました」
 横に座る男の体格が良いためだろう、常闇よりは背の高い師がひどく小さく見えて、寝顔を妙に幼く感じたことに、内心首を傾げながら、その場を辞去した。

「悪いが、この部分の複写を頼めるか?」
 エンデヴァーが資料の読み込みに使った時間は十分ほどで、付箋を貼った部分のコピーを依頼されてファイルを受け取り、コピーした書類をクリアファイルに入れて持っていき、ぎくりと足を止めた。
 No.1もNo.2も、先程と配置は変わっていない。
 ホークスは変わらずソファの背の方を向いて寝息を立てているし、エンデヴァーも座る位置を変えてはいない。コピーを待つ間、メールでもチェックしているのか、スマホを片手で操作しているのも不思議はない。ただ、空いた左手が手持ち無沙汰だったのだろうか、無造作に置かれた場所が、非常に不穏だった。
「どうかしたか?」
 不自然に動作を止めた常闇を訝しむように、エンデヴァーが画面から顔を上げる。
「首……を、掴むのは良くないと、ホークスが」
 少し前に、高い木に登って降りられなくなった猫の救出という微笑ましい事件の解決に、飛べるようになった常闇が挑戦して、猫とはそうやって持つものだという思い込みで首を掴んで、したたかに引っ掛かれて大失敗した時のことだ。
 ひとしきり大笑いした師が、子猫の頃以外は首の後ろを掴んで持たないようにとアドバイスした後で、少しだけ真顔になった。
 ひやりとした手が喉元に添えられ、生き物の急所に安易に触れてはいけない、と一瞬だけ指先に力を込めて告げた。
 不快だろう、と笑った顔はいつも通りだったが、教訓として刻むには十分だった。
 師は野生動物ではないが、人に不用意に触れられることを嫌う誇り高い鷹だと常闇は認識している。
「鳥に、あまり不用意に触れないで欲しい」
 ホークスが目を覚ました振りをして首の付け根に置かれた手を振りほどかない理由は分からないが、不快感に耐えているのなら、取り除くのが弟子の責務だろうと告げると、No.1ヒーローは息子によく似た反応を示した。
 轟焦凍は、思いもよらぬことを言われると、真剣に考えた上で生真面目に答えを返す。
「…………君は、トリナカマのツクヨミか?」
 誰がNo.1に、その言葉を刷り込んだのかは明白である。
「鳥類のことは詳しくないが」
 鳥ではない、と否定する前に、携帯端末を置いてエンデヴァーが右手を差し出してきた。
 常闇はエンデヴァーのファンではないし、この会話の流れで握手を求めた覚えもないので困惑するが、意図は理解したので、こちらからも手を伸ばして大きな手に触れる。
「熱い」
 炎熱の個性を持つ男の手は火傷する程ではないが、人の手とは思えない熱を有していた。
「温湿布程度のものだ」
「それは……随分と贅沢な」
 癒しの能力としては誰も認識していないであろうその手の片方を、暖も兼ねて師に与えてくれていたらしいと知って、この男が随分とホークスを信頼しているのだと理解する。
 ホークスがその手を払わないのも、信頼に応えてのことだろう。
「もう出るが、何か毛布などはないのか?」
「すぐに持ってきます」
 横にいる間、ずっと暖を与えていてくれた男が、インナー姿のため少し寒そうに見える師を示し、常闇は手にしていた書類のコピーを手渡すと、毛布を取りに仮眠室に向かった。
 大規模な事件が発生して泊まり込むようなことになった時のために、事務所にはきちんと仮眠室が備えてあるのだが、所長がそれを利用しなかったのは、そこまで移動するのも億劫だったのと、周囲の状況を把握しておきたかったのの半々だろう。
 毛布を手に戻ると、多忙なNo.1は既に立ち去っていて、無駄だったかと思いながらソファにすっぽりと納まった上司の様子を覗き込むと、少し寒くなったのか広げられていたそれが畳まれて、背を覆った緋色の翼が規則的に上下していた。
「…………?」
 エンデヴァーが立ち去るのと同時に起き上がって、いきなり来るからびっくりしたね、などと笑う姿を想定していたので、この無反応が解せない。
 突然起き上がって驚かせてくるのでは、と身構えながら広げた毛布を被せても、跳ね起きてこない。首を捻りながら、こちらの様子を窺っていたサイドキック達の元に戻り、どういうことだろうと顔を突き合わせる。
「残りの仮眠時間の消化優先かな……?」
 エンデヴァーがオフィスに滞在したのは、実質三十分程度だったので、最初に宣言した二時間の仮眠時間がまだ小一時間程残っている。
 休んでもらおう、と取り決めて、ソファの影に完全に隠れた上司の様子を気にしながら各々の作業に戻る。
 じりじりと進んだ長針が、頂上に達すると同時に小さな電子音が響いて、すぐに止まった。
 ごそり、とソファの方から衣擦れの音が聞こえて、ホークスが腕時計のアラームを止めて起き出したのだと知る。
「あれ、俺、寝過ごした……?」
 少しぼんやりとした顔で身を起こしたホークスが、落ちかけた髪を掻き上げながら腕時計と事務所の時計を見比べて首を捻り、事務所のメンバーを振り返っておはよう、と挨拶した。今は夕方だが、起きたのが今なのも確かなので、それぞれ歯切れ悪く挨拶すると、その反応に不審を覚えたらしい。
「俺が寝てる間に、何かあった?」
 何かあったかと問われても、どこからを有事と称すべきなのかに迷って、三人の反応が一様に鈍くなる。
 その様子に、目を鋭くして立ち上がりかけたところで、身体を滑り落ちた毛布の存在に気づいたホークスが不可解そうに毛布と枕にしていた上着を手にする。
「これ、誰が?」
 毛布は自分が、と常闇が手を上げると、ますます眼光が鋭くなる。
「俺、服脱いだ覚えないんだけどな?」
「えっ?」
 常闇以外の二人の声も揃って、猛禽の眼が意表を突かれたように丸くなった。
「え、俺、自分で脱いだ?」
 有り得ない、という顔をしているのは、あえて有事の際にすぐに出動できる装備のまま仮眠を取っていたからだろう。外されたグローブと靴を不気味そうに見やる顔は、本気に見えた。
「ホークス?」
 ある種の冗談なのか、とサイドキック達と顔を見合わせてから、恐る恐る常闇は声をかけた。
「狸寝入りをしていたのでは?」
「…………待って、何の話?」
「エンデヴァーさんが……」
「それは覚えてる。二時、四十分くらい? サイドキックの人が資料取りに来て、君達で対応するって」
 そのやりとりは、寝ていても大まかな時間まで把握していたらしい。
「エンデヴァーさん本人の来訪は、覚えていない……?」
「はあっ!?」
 跳ね上がった声と共に、ばさばさと響いた音は、広がった羽と取り落とした毛布と上着の多重奏だった。
 師が驚愕した顔など初めて見たし、こんな素っ頓狂な声を上げるのも初めて聞いた。
「本人って、エンデヴァーさん? 何で? いや、寄る暇ないはずだし、嘘でしょ?」
 ふるふると首を横に振って否定すると、口元を押さえて一瞬息を呑み、次に深々と吐き出す。
「……それは、ちゃんとオフィスに案内して、挨拶するから起こしてほしかったな」
 少し恨むような声音に、どうコメントしてよいか分からず、事務所の先輩達を振り返ると、片方が常闇の言いたいことを引き取ってくれた。
「あの、ホークス。靴脱がせたのも、上着脱がせたのも、エンデヴァーさんなんですけど」
 どうやら、No.1がオフィスに上がらずに資料だけ受けとって帰ったものと考えたらしい所長に、事実が淡々と指摘される。
「……待って、その冗談笑えないんですけど?」
 むしろ、所長がふざけているのだと思いたい。
 沈痛な沈黙に、ぐしゃりとホークスが己の髪を両手でかき混ぜた。
「……マジで?」
「来られて、所長を起こさなくていいって仰って、休まらないだろうって怒って、結構雑に服脱がせてましたけど……?」
「いや、そんなの、俺、普通に起きるよ!?」
 他の全員もそう思ったからこそ、狸寝入りをしているのだと考えていたのだが、当人の狼狽ぶりを見るに、本当に意識がなかったらしい。
「……ミッドナイトさんが一緒にいたとか?」
 眠り香の個性を持つ女教師の名を挙げられ、ふるふると首を振る。
「個性不明のサイドキックを連れていた?」
 何らかの個性に拠る干渉だと主張したいようだが、フレイムヒーローは一人で来たし、彼の長いキャリアの中で、人に催眠をかけるような個性を発揮したことはない。
「微睡の隣、日輪の如き加護」
「俺がぐーすか寝てる横にエンデヴァーさんが座って、あまつさえ、あっためてくれてたと!?」
 ぐしゃぐしゃに髪を掻き回して唸ったホークスが、ずるずるとソファに沈んだ。
「さすがホークス、ツクヨミ語判読、半端なか」
「というか、ツクヨミ君が容赦ない一撃を」
 後ろでこそこそと囁かれた会話に戦慄する。師を傷つけるつもりなど、毛頭なかった。
「ホークス! エンデヴァーは置手紙を!」
 裏返して置かれた紙片がテーブルに置かれていたのを確認しているが、ホークスが毛布や剛翼を翻した際に床に落ちていたものを拾って手渡すと、一瞥した師は両手で顔を覆って完全に沈没した。
「……怒られた」
 だらしない、と達筆で記されたメモに目にして冷や汗をかいた背に、サイドキック達の言葉が刺さる。
「ツクヨミ君、更にとどめを……」
「さすがは雄英生、プルスウルトラ怖かー」
「違っ……!」
 前方の師から後方の先輩達に意識を移した隙をついて、下から伸びてきた腕が首に絡んで、視界が反転した。何が何やら分からずにいる内に、ばさりと上から厚い布地に覆われる。
「二度寝します。起こさないでください」
「ホークス!?」
 ソファに不貞寝した師に抱き込まれて上に毛布を抱き込まれたのだと、ようやく状況を把握して更に泡食う。
「あと一時間くらい寝てて大丈夫ですよ」
「ツクヨミ君は新幹線あるけん、五時になったら離しちゃって」
「了解でーす」
 勝手に取り決めるな、と暴れるが、プロヒーローの拘束は振りほどけないし、ソファは狭いし、どこまで本気で抵抗していいものかも分からない。
 自分で掻き乱していたため下りてしまった前髪と、拗ねた顔が実年齢以上に幼く見えて、始末に困る。
「ホークス……」
「起こさないでください!」
 結局、ホークスが機嫌を直すまでに、常闇は三十分ほど抱き枕に甘んじなければならなかった。