キッチンドランカー

キッチンドランカー

【僕のヒーローアカデミア 炎ホー】

2021/12/12発行
文庫p128/4Cオンデマ/500円

仲の良いエンデヴァーとホークスの二人が、酔っ払いながらご飯を作るへべれけご飯本。
以前出した準備号の完全版です。
 
①あさりの酒蒸し(準備号にて発行)
②手羽元のビール煮
③カボチャのペペロンチーノ(ハロウィン無配)
④赤ワインでじっくり煮込んだビーフシチュー
⑤ウィスキーひたひた大人のいちごアイス
⑥鹿児島名物とんこつ

サンプル文

 

③カボチャのペペロンチーノ(ハロウィン時無配)

 地面に近い高さを過ぎった、ふわふわとした赤い翼につい気を取られた。
 本物のそれより随分と小さく、また派手な赤色の翼を背負った男児は飛行士服に似た薄茶の上下の衣装を身につけ、前髪をふよふよと逆立てていた。
 年の頃は小学校に上がったかどうか、といったところだろう。
 好きなヒーローはホークス、と全身で主張している様が微笑ましい。
 ハロウィンという西洋の行事がいつのまにか日本に入りこんで、秋の仮装イベントとして定着したのはエンデヴァーも認識している。毎年この時期になると、街中がオレンジや紫に彩られ、南瓜にコウモリ、ドクロといったモチーフが溢れ、そして若者が羽目を外す。
 十月末の週末の繁華街の騒ぎの警備に駆り出されるヒーローとしては、あまり良い印象のないイベントだが、子供達が仮装して練り歩く様は微笑ましいと思う。
 本来はモンスターの仮装をするものらしいが、それぞれ皆好きな格好をするため、夕方の街並みには小さなヒーロー達がそこかしこを歩き回っていた。
「もう、急に立ち止まらないで下さいよ。俺、めっちゃ一人で喋ってたんですけど」
 気づかず先を進んでいた連れが戻ってきて、恥をかいたとエンデヴァーに文句を言い立て、それから視線の先を辿って小さなウイングヒーローの姿を認め、少々複雑な顔をした。
 コスプレまでするファンへの面映ゆい気持ち、エンデヴァーが足を止めた理由を察して照れた顔をごまかそうとし、へらりと笑った表情の中に、僅かだが不満のようなものも感じ、少し考え込む。
「……心配しなくとも、俺にとってはあの子よりおまえの方がかわいいぞ?」
「誰があんな小さい子と可愛げを競うイタい大人ですか!」
 何故か叱られた。
 普段、掃除機や鳥のマスコットキャラクターと可愛げを張り合っているのと、一緒にしてはいけなかったらしい。
「あなた、本ッ当にそういうとこですからね……!」
 軽く睨まれたが、鷹の目はすぐにエンデヴァーから外れた。
「え、あの子、お兄ちゃんかな。可愛い!」
 ウイングヒーロー姿の男の子より少し年上の、よく似た顔立ちの少年が、歩みが遅れがちであまり速くない弟の手を引っ張りに戻ってきたところだった。視野が広く速すぎる方のオリジナルの声が弾んだのは、兄の方はエンデヴァーのコスプレをしていたからである。
 オレンジと紺色のジャージのような衣装に、炎を模しているらしき赤いビニールの飾りを巻き付けた少年に対して、なんとなくエンデヴァーが感じた気持ちを考えるに、先のホークスの気持ちを推し量り間違えたとも思えないのだが。
「……大丈夫、俺にとってはエンデヴァーさんの方がかわいいですよ?」
 すかさずやりかえされて、どう反撃したものか悩んでいると、トップ2のコスプレをした兄弟達が不審げに往来で立ち止まった男二人に目を向けた。
 自分達のことを話題にしていると理解したのだろう、兄の方が警戒も露わに弟を庇うようにして不審者達を睨みつけ、弟も兄を真似して眉根を寄せる。そのヒーロー的行動に、つい顔を緩めた大人二人を睨みつけていた表情が、不意に一転した。
「エンデヴァー! ホークス!」
「………あ、しまった」
 二人とも、昨年のハロウィンの酷い騒ぎの功労を考慮されて今年は警備を免除され、これから明日にかけてまるまる休日である。いつものヒーローコスチュームではないが、変装と言う程の姿でもない。
 エンデヴァーもここ最近は素顔が一般に知られてきているし、ホークスは羽を外していればあまり気づかれないという信仰をそろそろ捨てるべきである。ちょっと買い物をしてセーフハウスに入るまでの短時間なら、問題ないだろうという判断が甘かった。
 眼鏡と帽子程度の変装をやすやすと看破した兄弟達が走り寄ってきて、きらきらした目でヒーローを見上げる。揃って仮装するほど好きなヒーローに何を言えばいいのか分からない、とばかりに数回無意味に口を開閉した後、弟の方がはたと思いついた。
「ト、トリックオアトリート!」
「…………え?」
「……ああ」
 ハロウィンの定番の文句を浴びせられたトップヒーロー二人の提げた買い物袋が、ガサリと鳴った。

「いやあ、毟られましたねえ」
「……あれは、菓子だったか?」
 あの後、周囲の子供達にも囲まれてしまい、とりあえず買ったばかりの商品の中から個包装のものを配ってやる羽目になったのだが。
「まあ、親御さん達が見たら、一目で家飲みだったんだな、ってバレますよね」
 ナッツ類やカルパス、キャンディ包みのスモークチーズといったラインナップである。
「無事だったのは、酒盗と焼き鳥とチーズくらいですね。ちょっとツマミ買い足しに行きます?」
「……いや、やめておこう」
 小さな怪物達が跋扈するこのハロウィンの夜に、無事に戻ってこれる保証がない。
 ホークスも今夜は無理をして買い出しの危険を冒す必要はないと判断したようだった。
 エンデヴァーとホークスが互いの家やセーフハウスで酒を飲み交わす、いわゆる家飲みという習慣を始めたのはここ最近のことだ。
 暇を持て余すという程ではないが、飲んだ翌日を丸一日休日にできる程度の余裕は持てるようになった。酔ってもよい、となると、店で飲むのは少々リスクが高かった。
 大衆的な店で有名なヒーローが飲むと、今の時代、どこで誰が誰と酒を飲んでいて、どんな話をしていたか、などということがモラルなく拡散される。絶対に秘密を守る、料亭や会員制のクラブは、飲みたい雰囲気と少々異なった。
 美味い酒と肴で、くだらない話をしながら気兼ねなく酔いたい、となれば、自宅で飲むのが一番である。
 互いの休日を合わせ、だらだらと飲むのが最近の楽しみだった。
 今日はホークスが東京に営巣するセーフハウスを利用しての飲み会である。
 二人とも捜査会議に参加して、中途半端な時間に遅い昼食を摂ったので、軽く摘めるものがあればいいと思っていたが、ハロウィンのモンスター達にあらかた強奪されるとは想定外だった。
「まあ、とりあえずビールで。ハッピーハロウィン!」
「ハッピー、ハロウィン?」
 乾杯の言葉代わりの挨拶が適切なのか分からないまま、手渡された小瓶のビールを、相手の瓶に軽く当てて呷る。
 グラスに注がず、瓶に直接口をつける無精な飲み方が無性に美味いと知ったのはつい最近だ。その酒の美味さが、飲み方の問題でなく、一緒に飲む相手によることくらいは理解している。
 その相手が、ハロウィンでなくとも背に大きな翼を生やした己の半分の年齢の若造で、未だに理解できないことが多いことも一興である。小振りな南瓜に目と口のシールを貼って、テーブルの上に鎮座させていても構わない。
「……何だ、それは?」
 無視しきることもできず問うと、何を聞かれたのか分からないとばかりに首を傾げる。
「シール付きで売ってたんで」
 それで説明がつく、とでも言わんばかりの口調だったが、エンデヴァーが理解できていないことを察して言葉が足された。
「映えです」
「バエか」
 若い世代の行動原理であるという理解はある。
 見栄え、写真映え、の意で、雰囲気のいい写真を撮ってSNSで共有、見せびらかすことが何より大事で、マナーの悪い者が写真のために迷惑行為や危険行為をして事件になることがしばしばある。
 大して料理もできないのに、飾りになるからと南瓜を丸ごと買ってくる程度は可愛いものだろう。
「……それは、バエなのか?」
 黒い三角形で目を、波形のギザギザとした細長いシールが口を表していることは分かるが、それだけである。
 ハロウィンにはこういった南瓜をくり抜いたランタンを飾る風習があることは知っているし、凝った細工物ならば写真映えするという主張も分かるが、この雑にシールを貼った南瓜が見栄えするとは思えない。
「はい、こちら、オシャレ皿に盛った焼き鳥とチーズ、並べた飲みかけコロナビール瓶、ライム。中心に小さめサイズのちょっとチープなパンプキンキング、間接照明とオシャレスポットライト。ほら、かわいい。ハッシュタグは『#ハロウィンパーティ』『#おうちでハロウィン』『#ハロウィンごはん』『#ハロパ』」
 後半、ハロウィンの呪文らしきものを唱えながら、カメラアプリを起動してテーブルの上を撮影するホークスを胡乱な目で見やると、にっこりと微笑まれる。
「エンデヴァーさんの方がかわいいです」
「それはもういい」
 軽く小突くと、若造はへにゃりと笑った。

 焼き鳥の串を手にした時点で察していたが、用意した酒の量に対し、つまみが全く足りなかった。
「しまった、炭水化物が要る……!」
「何か出前を頼むか?」
 前にチェーン店のピザが食べたいとホークスが言い出した際は、配達スタッフにモラルが足りず、場所を特定できるような発言をSNSに拡散してウイングヒーローの熱心なファンをマンション前に集めてしまい、セーフハウスを移転する事態になったので、注意を要する。
「……何か作りましょーか」
 出前は面倒、という結論になったらしいホークスが、ビールを片手にキッチンに向かうのを、エンデヴァーもビールと南瓜を手にして追う。
「え、カボチャ食べます?」
「バエが終わったなら、ちゃんと食べるべきだろう」
「食材はスタッフが美味しくいただきます。ええと、カボチャ、酒のツマミ」
 スマホを操作しながら、酒と調味料以外はほとんど入っていない冷蔵庫を覗き込んだホークスが、ベーコンのパックを取り出した。
「このガーリックとベーコンで炒めるやつ、ビールに合いそうな気がします」
「ニンニクと唐辛子はあるのか?」
 レシピの記載された画面を見やり家主に問うと、大して食材の備えのないセーフハウスの持ち主は胸を張った。
「ペペロンチーノだけはいつでも作れるようにしてあります。あ、ペペロンチーノ食べましょう、白ワインで」
 口にした途端、食べたくなったらしい酔いはじめの若者が、さっさと湯を沸かしはじめたので、抱えた南瓜はエンデヴァーが何とかすることになった。
「唐辛子とニンニク、こっちの分も切っておいてくれ」
「はーい」
 最近互いの家に常備するようになった二枚目のまな板と包丁を取り出し、丸ごとの南瓜を置く。小振りなサイズではあるがしっかり身の詰まった重量感がある。
「……さすがに、半分でいいか?」
「じゃあ、残りはサラダにでもしますね。パスタの具は、あー、アンチョビ……、残ってたかなー」
 ホークスがビールを呷りながら、再度冷蔵庫を物色しにいった間に南瓜に包丁を当てる。
「エンデヴァーさん、アンチョビないんですけど、代わりにこの酒盗使っても……。って、大丈夫です?」
 包丁を突き立てかけては戻し、別の向きで刃を当てているエンデヴァーに不安を覚えたようで、鮪の酒盗の瓶詰めを慌てて横に置いたホークスが包丁を奪った。
「……思っていたより、南瓜が固い」
「イヤイヤイヤイヤ、No.1の力で切れないカボチャってどんだけ?」
「力任せにやれば刃は入ると思うが、折れそうな感触がする」
「ええええええ、って、固っ! マジで固っ!」
 人の主張を戯言扱いしようとしたホークスだが、先程まで奮闘していたエンデヴァーと同様の所感を覚えたようだった。
「…………これ、ご家庭で切れるもんなんです?」
 僅かに広がりかけた緋色の翼を片手で畳んで、プロヒーローの獲物で何とかしようとするなと窘め、取り返した包丁を横に置き、代わりにカボチャを指でなぞる。ぐるりと指を一周巡らせると、難攻不落だった緑黄色野菜が縦にぱかりと割れた。
「灼き切るの有りなんですか?」
「折れそうな包丁より確実だ」
 男二人が並べばそう広くもないキッチンで、剛翼の刃を振るうよりは危険も少ない。
 一度半分にしてしまえば、問題なく刃は通った。ワタをとってスライスしたものを皿に並べてレンジにかける間にベーコンを切っていると、手慣れた様子でパスタを作り終えた男に袖を摘まれる。
「味見どうぞ」
 フライパンから直接フォークで絡め取ったパスタに食いついて、アンチョビとは異なる独特の風味に少し考える。
 白ワインでも合うだろうが。
「日本酒だな」
「ですよねー」
 分かっていた、とばかりにホークスの背から数枚の羽が飛び散って、冷蔵庫から四合瓶を、戸棚からガラスのぐい飲みを二つ取ってきてカウンターに置いた。
「フライパンの予備は?」
「この前買いました」
 要求に答えて新品のフライパンが宙を飛んできたので、受け止めてガスコンロの火にかける。
 ホークスは時折、エンデヴァーの個性で作った料理を期待しているような素振りを見せるが、料理初心者はまだ火の加減が理解できていないので、コンロの調整弁を信じた方が失敗が少ない。
 弱火でフライパンを熱し、オリーブオイルでニンニクと唐辛子を熱して香りを立たせ、ベーコンを炒めはじめる。
 合間にパスタをたっぷりと巻いたフォークが差し出されるのに食いつきながら冷酒で流し込むが、だんだん巻きが太くなっていくのが問題である。
「……ホークス」
「いやあ、どのサイズまで入るのかなって……」
 反省の色のない若造の手からフォークを奪い、そのままエンデヴァーより全体的に二周りほどサイズの小さい男の口に大量のパスタを突っ込むと、目を白黒させておとなしくなった。
 その間にフライパンに南瓜を投入して酒を回しかけ炒めていく。
 レシピを再確認すると、最後に塩などを追加して味を調えろとあるが、ひとまず胡椒のみ振りかけ、味を見る。
「ホークス、口開けろ」
 まだ空にできていない、と無言で首を振って訴える若者の顎に手をかけ、グラスを唇に押し当てる。
「……アルハラですー! って、あひゅっ! あひゅいでふ……!」
 流し込まれた酒で口の中のものを強引に空にさせられたホークスが、開口一番ハラスメントを訴えたが、気にせず南瓜の炒め物を放り込む。
「塩足りないか?」
「……ベーコンしょっぱいんで、もう十分だと思いますけど、いや、ちょっと、今の酷くないですか!」
「ほら」
 フォークに刺した南瓜を再度差し出すと、ぐっと黙って口を開く辺り、生態が雛鳥に似ている。
「よし、いい子だ」
「またそういうことするー!」
 黄色い頭に手を置いて髪をかきまぜると、むっとした顔をしたホークスの前で包丁が浮かび上がった。
 ざくざくと切り刻まれたタマネギが、残りの南瓜と共にボウルに放り込まれ、冷蔵庫から飛んできたマヨネーズと和えて、がこがことスプーンで混ぜ合わされる音が派手に響く中、ぱかりと雛鳥の口が開く。
「……横着な」
「当然の賠償請求です」
 何に対するどういう賠償なのか、さっぱり分からない、酔いが回りだして支離滅裂な若造に逆らわず、先程よりは冷えた南瓜とベーコンを放り込んでやる。
 その自由自在に操れる個性でどうとでもなるだろうに、交互にパスタと炒め物と酒を所望していたホークスが、手を使ってスプーンに山盛りのサラダを掬って差し出してきた。
 手と剛翼の使い分けの基準はあるのか悩みながら、おとなしく口を開くと、想定外の刺激が口と鼻を突き抜けた。
「ぐっ……!」
 咳込むのを何とか堪えてうずくまり、残っていたビールを一気に呷って難を逃れ、痛む鼻を押さえて空咳をすると、生意気極まりないウイングヒーローが顔色を失っていた。
 意趣返しではなかったようだ。
「……辛子の塊があった」
「ご、ごめんなさい……」
 一切ボウルの中身は見ないでかきまぜていたようなので、調味料が混ざりきっていなかったのだろう。
 おろおろとしているホークスの頭の上で掌を弾ませて落ち着かせ、床に落下していたボウルを拾い上げて、薄黄色の南瓜サラダを再度慎重にかきまぜた後、少量口にする。
 先程のような混ぜむらがなければ問題なく、甘い南瓜を辛子の風味と胡椒が引き締めている。
「ホークス」
 問題ない、とサラダを掬ったスプーンを鷹の口の中に差し入れて落ち着け、と宥める。
「次は何を飲む?」
 別の日本酒、ワイン、焼酎、と並べ立てて待つと、しばらくしてチーズでワイン、と返ってきたので、分かったと応じてエンデヴァーは鷹を小脇に抱えて立ち上がった。

 固い床の感触に目が覚めて、すっかり明るい窓を薄目で見やり、目覚めて第一に考えたことは、皿洗い、だった。
 調理器具も皿もコップも全て、そのまま放置した記憶がぼんやりとある。長女に知られたら大変叱られる悪行である。
 確か、ここのキッチンには食洗機があったはずなので、汚れた食器類を集めて稼働させてくるべきか悩みつつ、ちらりと羽毛布団に目を向ける。
 酒を飲みながらいい加減な料理をして、更に人目のあるところでは到底できないような深酒をし、馬鹿話をしてそのまま寝るなどという、フレイムヒーローでなければ風邪の一つでも引き込みそうな真似である。
 若い頃にもしなかったような馬鹿げた振る舞いが、妙に楽しくて困る。
 ヒーローが暇を持て余し、毎日無為に終わったパトロールについてくだを巻いて酒を飲んで寝るような平穏はまだ遠いが、ハロウィンの夜にNo.1とNo.2が揃って休暇を取って、酒を飲んで床にひっくり返って眠れる世の中にはなった。
「……悪くはないな」
 床は固いし、羽毛布団は軽いとは言い難いが、悪くはない。
 後片付けはしなければならないが、もうしばらく寝過ごすくらいも許されるだろう、と考えて、エンデヴァーは生きた羽毛布団を抱え直して目を閉じた。