ハートに火を点けて

 東堂尽八は相手によって、メールの文体を切り替える。
 主将の福富には用件にプラスして何か写真を付けて送れば、律儀にコメントを返してくるし、新開とは絵文字を多量に用いたカラフルなメールで延々とやりとりする。千葉のライバルはなんだかんだ言いながら最後まで読んでくれることを知っているので、大作の長文メールを送る。
 遅刻魔の問題児の後輩には、用件は件名に書いた上で本文には小言を連ねる。読んでいないことは知っている。
 他の部員やクラスメイトには手短に用件を述べた後に、相手に応じて一言を付ける。案外短文でやりとりも一度で済むのが意外だと言われるのは、新開や巻島とのやりとりが目立つからだろうか。
 その中で一人だけ、扱いに困る人物がいる。
 荒北靖友、一年の途中から入部してきて、当初荒れていて全く部の空気に馴染まなかった。やることなすこと乱暴で、福富の言葉以外は耳に入れず、周囲と軋轢を起こして持て余されていた。すぐに辞めてしまうはずだ、というのが部全体の見解で、彼に部の連絡事項を伝えようとするのは、連れてきた福富と、物好きな新開くらいのものだった。
 福富の負担が大きすぎると、少し東堂もその面倒を見るようになって、連絡事項があればメールを回すようになった。
 内容は主に部の活動の変更などで、練習のメニューが変わった、集合場所はここになった、といった用件だけの文に対し、分かった、とだけ短い一言が返ってきた。
 少しだけお互いに慣れて、親しいと言える関係になってからは、何か買ってきてほしいだとか、当番を代わってほしいといった要望も混ざるようになって、それに対しても簡潔に諾否の答えが返ってきた。
 今も、基本的に荒北に対するメールは短く、用件のみを送るのが基本だ。
 返事も変わらず短い。
 ただ、いつからかが思い出せないのだが。
「カノジョ?」
 食堂の座席を確保しておくか、と送ったメールに、『オネガイ』とだけ返ってきたメールの本文が、畳んだ携帯電話の小さな液晶画面に全文表示されたのを目にした新開が、いたっけ、と首を捻る。
「いや、荒北からだが」
 基本的に十文字を越えることの滅多にない、いつも通りの回答である。
 こんな彼女はいらない、と応じると、新開は珍妙な顔をした。
「あっ!」
 有無を言わさずにテーブルの上に置いていた東堂の携帯を手に取り、勝手に開いた新開は、件のメール画面を突きつけてきた。開いたところで、続く文など隠れていない液晶画面の赤い一点から目をそらす。
「東堂尽八君、一つ聞きたいことあります」
「何ですか、新開隼人君?」
 互いにフルネームで白々しく呼び合った後、新開がずばりと切り込んできた。
「何で語尾にハートマーク付いてんの?」
「昔から付くぞ、癖なんだろ」
 正確には最初の頃には付いていなかったのは確かだが、気が付いたら肯定的な返信の時にはハートマーク、否定的な場合は怒りのマークが文末に付くようになった。
 つまり、先ほどの返信は『オネガイ ♡ 』となっており、先入観なしにそれを見れば、まるで彼女から何かおねだりのメールが来たようにも思える。
 すると、新開は自分の携帯を開いて、印籠のように突きつけてきた。
「靖友がオレに絵文字使ったことはない!」
 きっと絵文字だらけで記されたメールを送ったのだろう。『読めるか』とだけ記された返信がバックライトで燦然と輝いていた。
「っていうか、オレがメール送ると、電話で連絡してくるぜ?」
「隼人はそろそろ、相手の性格と使ってる機体に合わせてメール送るべきだと思うぞ」
 東堂は解読できるから別に構わないが、福富が散々悩んだ末にウサギの絵文字を一つ新開に送っているのを見たときは、さすがにどうかと思った。荒北は最初から通話に切り替えるようなので、ある意味相手に合わせた正しい選択だと思う。
 しかし、東堂は荒北に対して絵文字の類を使うことはないので、合わせて送ってきているわけではない。
「なあ、寿一。靖友がメールに絵文字使ってきたことあるか?」
 ちょうど昼食のトレイを手にやってきた福富に新開が問いかけると、鉄面皮は表情を変えずに制服の上着に視線を落とし、意を汲み取った新開がそのポケットから携帯を引っ張り出した。
 特に断りもせずに開いた携帯を操作して、東堂に画面を向けてくる。
「……荒北はあの顔に似合わず可愛い真似をするよな」
「可愛いよな」
 学園敷地内の猫を見かけると構っている姿は知っているが、福富とのメールで内容と全く無関係に猫画像を添付しているとは知らなかった。
「あ、ウサ吉の写真もある」
 それで、メールの内容は「A班の二年チョーシ乗ってる奴らいるから一回しめとく」という物騒な内容なのがなんともシュールだ。
「でも、寿一宛てでも、語尾にハートは付いてねーよ?」
「そうか」
 別にそんな報告はいらない、と視線を逸らすと、友人がわざわざ回り込んできて視界に入ってきた。
「女子からのメールにハート付いてると、好かれてるのかな、とかちょっと気になったりするよな」
「女子からのだったらな。ただ、割と基本的なテクニックだから、いちいちまともに捉えてるとやってられないと思うぞ。あと、荒北は恋の駆け引きを仕掛けてきてるわけじゃない」
「じゃあ何?」
「……オレが知るか!」
 散々悩んで未だに答えの分からないことに遠慮なく触れられて、東堂は苛立った。
 そこに、悩ませている当人がようやくやってきて、確保しておいてやった席に感謝の一言もなくどっかり座ったものだから、瞬間的に沸騰した。
「顔に、似合った、真似をしろ!」
 両手をテーブルに叩きつけて怒鳴りつけると、そのまま踵を返す。
「……何でいきなりキレてんだ、アイツ?」
 学食にやってきた瞬間に不条理なことを怒鳴りつけられた荒北は、まだほとんど手の付けられてなかったうどん定食の載ったトレイを自分の前に引き寄せながら、携帯を取り出して、食うぞ、の三文字と怒りのマークを付けて東堂に送った。
 しかし、あの調子では麺が伸びてしまう前に、戻ってくることはなさそうだ。諦めて別に食べたくもなかったメニューを無駄にしないために箸を付けようとして、正面の新開の表情に気づいて渋面になる。
「ンだよ? っていうか、何でアレはまた癇癪起こしてんの?」
 状況がさっぱり分からずにいる荒北の疑問に答えず、新開は問答無用で今メールを送ったばかりの荒北の携帯を奪った。
「あっ、テメッ!」
 ふざけるな、と怒る友人を無視して、もう一人の友人のために勝手に送信メールを確認する。
「やっぱ、尽八にしかハート使ってな……、え、誰だよこの子?」
「ア?」
「靖友が女の子名前だけで登録してる相手に、『今度の休みそっち行くから』ってハートマーク付けて送ってる!」
 報告相手は福富だけだったのだが、何故か周囲のテーブルが一斉にざわめいた。
「ザケンナ新開! 妹だよ、妹! つーか、てめーらは何勝手に聞いてンだよ!」
 携帯を新開から引ったくるようにして取り返し、荒北は歯を剥くように喚く。
「靖友、妹にハートマーク付けてメールするのか?」
「アイツ、スゲーうるせーんだよ! オレのメール短すぎて怒ってるようにしか思えないから、怒ってンなら怒りマーク、そうじゃないならハートでも付けろって」
「…………ああ」
 長年、東堂を悶々と悩ませてきたと思われる問題は、種明かしされれば呆気なかった。教えてやるべきか、もう少し何故それに悩んでいるのか向き合わせるべきか、と悩みながら新開は自分の携帯を手にして、ふと首を傾げた。
「でも、オレらにメール送る時は使わねーよな?」
「使ってどーすンだよ?」
 うどんを啜りながら面倒そうに答える荒北が、絵文字を要求した妹以外のメールに対して、誰にもそれを適用していないなら、何の疑問もないのだが。
「何で尽八には使うわけ?」
「あー。前に予測変換でハートが勝手に入ったの、間違えて送って」
 これも蓋を開ければ、他愛のない理由のようだった。
「メール見た瞬間、スゲー動揺してて可愛かったから」
 続いた言葉を聞き流しかけて、新開は一瞬思考を止めた。
「………………はい?」