7
<十月二十八日>
この三日間は家出をしていたことになっていた。
両親と改めて話す。決裂。
のっけから、色々なことが想定外だった。
まず、字が違う。荒北が知る大人びた端正な字だ。
「右手……?」
本当は左利きなのだと言っていた十四歳の東堂は、やや癖のある文字を書いていた。ノートに直接書きつけていた覚え書きはそのままだったが、ここからは心境の変化でもあったのか、右手で綴りだしたようだ。
字はともかく、問題は内容だ。
中学二年生にしては漢字を多用する端的な記録は、非常に不穏な一文で始まって、思わず隣室を隔てる壁を振り返るが、もちろん隣人の様子が見通せるはずもなく、荒北は紙面に目を戻した。
<十月二十九日>
再交渉、話にならず。
<十一月一日>
ハンスト開始。母と姉が激怒。
<十一月二日>
ハンスト二日目、父と話し合い。宥められるが譲らず。諦めた父が味方についてくれることに。
<十一月三日>
ハンスト三日目、話し合い。母、条件付きで譲歩。
・東堂庵、並びに地元の品位を落とす真似は絶対にしない。
・貯金のみでの購入不可。家事手伝いで親の定めた金額に達した時点で購入。
・成績が下がった時点で、自転車禁止。
「……うわぁ」
何をやっているのかと思ったが、相当に厳しい家で、ロードバイクを反対されていた様子が読み取れて、あのどこか鬱屈した雰囲気はこの家が原因かと納得した。
荒北など、中学で荒れたまま進学して、福富と奇妙な出会いの末に自転車に乗ることになったが、実家に部活に入ったことを告げて、部費や諸費用を無心したら泣いて喜ばれたくらいなので、全く立ち位置が異なる。
ちょっと反対されている、などと言っていたが、たぶんチームメイトの中でも群を抜いて厳しい家だ。
三年後の東堂が箱学でエースクライマーだと伝えてしまったからだろうか、三年前に戻った彼は、家族の反対に真っ向から立ち向かって、ハンガーストライキまでしてロードバイクに乗る自由を獲得したらしい。
その後は無事折衝も済んだようで、家業の手伝いと、更に頼み込んで友人のサイクルショップの手伝いもさせてもらって、順調に目標額に達したようだ。
発注してからは、一日一行しかないくせに、そわそわと落ち着かない様子が見て取れた。一か月の予定が更に二週間延びての納車となったようで、ようやく手に入れた日は色ペンとマーカーで華やかに彩られていた。
その後はひたすらに走行記録だ。
納車されたのが二月だったので、降雪や凍結で思うままに乗れずに愚痴っていたが、春以降は呆れる程の自転車馬鹿ぶりを見せていた。
受験生ではないのか、と呆れたところで、翌年の二月にしれっと「箱根学園合格」の一文があった。自転車に乗っていない時期はないようだから、親と取り決めた成績を落とさない約束も守り切ったのだろう。
この有言実行っぷりは今でも健在というか、有言が多すぎてどうかと思うくらいだが、言ったことは全部達成するのが東堂だ。
中学の卒業も二文字で端的に済ませた覚書が、高校入学を前日に控えて書き込んだ言葉も、いつも通り端的だった。
<四月四日>
明日、荒北に会える。
「…………あー」
嬉しいとも楽しみとも書いていない、端正な分、素っ気なくも見える一文だ。
それでも、東堂が期待していたのがうっかり読み取れてしまって、荒北は低く唸って額を押さえた。
タイムリープと言う不可解な現象で出会った未来のチームメイトに正しい時間で初対面を果たすのだと、非常に楽しみにしていたようだが、当時の荒北と言えば。
<四月五日>
荒北を見かけなかった。どこのクラスだろう?
自転車部にも来ていなかった。他の部に仮入部に行ったんだろうか。
入学式当日は、がっかりしたようなコメントが残されていたが、少し違う。
きっと、東堂は今の荒北を少し幼くしたような外見の人物を探していた。
同じクラスになるかもしれないだとか、少なくとも自転車部に行けば会えるのだと考えていたはずだ。
当時、時代錯誤なヤンキースタイルで非常に荒れていた荒北とすれ違っていたとしても、東堂は全くその不良を未来のチームメイトと結び付けて考えはしなかっただろう。
四月の仮入部の間は、毎日、まだ部に入って来ない、と不審がっていたが、五月に入ってこの事象について、もしかして荒北は転入生だったのではないか、という推論に至っていた。
前もって言っておけ、馬鹿野郎、と拗ねたような文句に、荒北はノートから目を逸らしてまた隣室を隔てる壁を見やった。
「いや、言うような流れなかっただろ……」
荒北にとっては、荒れた毎日を福富に正面から叩き壊されて、半ば挑むように入った自転車部で厄介者扱いされながらも、次第に馴染んでいった経緯は当然の流れで、中学生の東堂が一年の最初から荒北が部にいるものと思い込んでいたなどと思いもしなかった。
大体、当時のことは荒北にとっても、かなりの黒歴史で、三歳も年下の少年にわざわざ告げたいことでもなかった。
入部当初、東堂などはかなり露骨に荒北を厄介者として扱い、ことあるごとに辞めろと口にした。
「…………あ?」
このノートの中の荒北と出会うのを楽しみにしている十五歳の東堂と、荒北の知る当時の東堂の差異はなんだと違和感を覚えながら、再度ノートに目を戻す。
ページを捲ると、福富が変な不良を連れてきた、と一文があって、自分だと額を押さえる。その翌日に、その不良の名を知ったようで、混乱した様子が珍しく乱れた文字に表れていた。
オレの知ってる荒北じゃない。あんなの、荒北じゃない。
どうして、こんなことになったんだ。オレの会った荒北はどこに行ったんだ?
オレが、時間を捻じ曲げたから?
最後の一文が特にひどく乱れていて、額を押さえたまま嘆息する。
出会った当初、妙に絡まれている気はしていた。
他の部員は関わるまいと遠巻きに見る中、どれだけ邪険に扱ってもしつこく食い下がって、前に所属していた部活動や中学時代のことを知りたがった。生傷に触れてくる言動に苛ついて、噛みつくと涙目で睨みつけてきたのを覚えている。
あれは、本当に必死で、本当に泣きそうだったのではないかと、今更に思い知る。
「オレがそんなん、分かるわけねェだろ……」
当時の自分にとって、東堂はうるさくてデリカシーのない、初対面の少年でしかなかった。彼がその一年半後の自分に十四歳の時に出会って、進路を決めてその自転車部にいたなど、知る由もない。
東堂もそんな荒唐無稽な関わりを説明してくることはなかったから、入部当初、荒北にとって東堂は無意味にちょっかいをかけてくる鬱陶しい変人だった。
ウザいと突き放せば、ムキになって食ってかかってきたあの時、本当は何を考えていたのかと、額を押さえていた手でそのまま目元を覆う。
この先を読み進めるのが怖い。
いつも端正な文字が、ひどく歪んでいた最後の一文が、閉ざした視界の中でちらついていたが、いつまでも目を背けていても仕方ない。
意を決して続きを読み始めると、その後はレースの記録のようで拍子抜けした。
しかし、一行目にまずDNFと三文字が記されていて、眉根を寄せる。
「リタイア?」
レース中に怪我でもしたのか、と日付とレース名だけが記された端的な記録を睨むと、妙にその会場の二ノ宮の地名が引っかかったが、理由が分からない。県内でよくレースが開催されるので、馴染みの会場ではある。
次の一文はリタイアから一転して、一位、そしてタイム、会場名は真鶴。
「あ?」
その記録はさすがに覚えていた。
福富がアシストに徹して、荒北をゴールに叩きこんでくれた。初めての勝利は、部員達に荒北の存在を認めさせ、居場所をわずかに広げてくれた。
確か、その時に東堂も何やら言いにきて、認めてやるとか、坂を教えてやるなどと上から目線でうるさくて一蹴した。
やはり認めないなどと、うるさく騒いでいたのも覚えている。
「……何なんだ、お前?」
最初のリタイアも、荒北の初記録だ。その後に延々と続く表には、荒北自身はもうすっかり忘れ果てたような部内の小規模なレースまで細かく書き留められている。
こんなに走ったのか、と一年半の記録を眺め、なるほど、と理解した。
淡々と記録だけを羅列した端正な文字には、感情が全く滲まない。それでも、分かってしまった。
認めるの意味が違う。
これは、荒北が東堂の出会った荒北だと認めるための記録だ。
「分かりにく……」
ぼやきながら、ルーズリーフを戻そうと開き癖のついたノートを開けると、先日まで荒北が使っていたページになる。これまでとは全く別の意味をもってきた、例の文通に目を向けると、少し離れた余白に小さく文字が書き足されているのに気づいた。
丸い、子供じみた文字。
『騙して、たくさん迷惑かけて、ごめん』
「ッ!」
乱暴に閉じたノートを握りこむように丸めて持ち、部屋を出る。感情のまま足音高く数歩進めば、すぐに隣の部屋のドアの前だ。ノックもせずに扉を開け放つと、普段ならマナーが悪いと喚く東堂が、ベッドに座ったまま黙って荒北を見やった。
硬質な無表情はこれまで見慣れないはずだったが、この三日間でよく見た。ようやく知っている顔で笑うようになったというのに、三年後の彼がまた同じ顔をしていることに苛立つ。
「東堂ォ」
「うん」
少しだけ笑った顔は、いつも部やファン相手に振りまいているものに比べて非常にささやかで、そして下手くそだった。じろりと睨めば、笑みがぼろりと崩れた。
「……ごめん」
「謝れって言ってんじゃねェ。ってか、何を謝ってんだよ?」
ノートに最後に書き加えたと思われる一文には、騙したと認めていた。
何を、どこから欺いていた、と睨み据えると、引き結ばれた唇に色がなかった。膝の上に置かれた手の節々も白い。
「オレの面倒見てて、テスト勉強できてないだろ」
「……アー」
そこか、とつい脱力する。
確かにテスト前だというのに、金曜の夜中に小さい東堂が突然現れて、勉強どころではなかった。翌日には体調を崩して寝込んだ東堂を、気軽に見舞いにくる寮生達を追い払うのに一日が潰れたし、今日は開き直って東堂を連れ回して遊んでいたので、机にまともに向かったのは今日の夕方からだ。それも、同じく試験前だという中学生の勉強をつい見てしまった。
月曜からのテストは大丈夫だろうか、と今更不安になりかけ、そういう問題ではないと頭を振る。
「騙したって、何だ?」
硬い顔からますます血の気が失せて、彼のこんな表情を初めて見たように思ったが、そうでもないと思い直す。三年前からやってきたばかりの東堂に状況を分からせようと、窓を開けて外の季節を突きつけた直後に同じ顔をしていた。
翌日、あの子供がひどい熱を出して寝込んだのは、あれが原因のような気がしているので、荒北としてはばつが悪い。
「東堂?」
このままだと、明日また熱を出して寝込むのではないかと、つい伸ばした手には丸めたノートが握られたままで、それで殴られるとでも思ったのか、一瞬東堂が強く目を瞑る。
「……騙したって、どういうことだ?」
これまで、東堂が訳の分からないことを言いだせば、うるさいと一蹴するのが荒北のスタンスだったが、繊細そうな年下の少年を相手にしているうちに、少しだけ気が長くなったものらしい。
あのどこか息苦しそうな少年の面影を残した同級生に向かって屈みこみ、穏やかに問うと目を開けた東堂がためらいがちに口を開いた。
「ノートの、文通」
騙していた自覚はあったか、と、つい苦々しく思ったのが顔に出たのか、東堂の表情がますます硬くなった。
引き結ばれた唇から、また色が失せる。
「都合が悪いことは言わねェ気かよ?」
黙り込みかけた東堂に、普段通りに投げつけた刺々しい声が、思いのほか突き刺さったようだった。
「……オレは、あれを、ずっと、荒北のことが好きな女の子が、書き込んでいるんだと思っていたんだ」
東堂の珍しくたどたどしい説明を、黙って聞く。
「五月くらいに、お前が数学のノートを使い切って、オレがノートを押しつけて、これで、オレの知ってる時間に繋がるんだと思った。だけど、たまにお前のノートを覗いても、ずっと文通相手が現れなくて、ちょっと焦った」
このままではタイムパラドックスが起きると、不安を覚えていたらしい。
「ある日、お前が数学の後爆睡してて、ちょっと冗談で書き込んだんだ。右手だとすぐオレだとバレて怒るから、左手で」
東堂は左手だと、少し癖のある丸い字を書く。
「その時は、あまり気にしなかった。荒北が起きた後怒って消すの見て、もう一回冗談で書き込んだ時に、気付いた。文通の文字も、オレの字だって」
「……自分の字、気付いてなかったわけ?」
「オレ、左手で字を書いてたの、あの頃だけなんだ」
自分の書く字にも慣れていなかったのだと言う。
「試しに、オレの持ってるノートの通りに書いてみたら、お前がノートの通りに返事を返してきて、どうしようかと思った」
「……ソレ、どーいう意味?」
表情のない白い顔は、彼が右手で書く文字に似ている。端正で、感情が乗らず、人間味がない。
「だって、お前は……、いもしない文通相手の女の子を、ちょっとだけでも好きだっただろう?」
淡々とした指摘に、一瞬唇を噛む。
好意を向けられれば嬉しい、その程度の軽い感情だ。誰かが少しでも好意的に自分を見ているのが、少し嬉しかった。
実際のところは、東堂が工作していたわけだが、当初は馬鹿にされて嵌められたのだと激昂したものの、事情は少々異なったようだ。
「要するに、お前は自分の持ってるノートの通りにならないと、ヤバいって思ってたわけだろ?」
ルーズリーフに綴られた無表情な文字は、入学時に荒北の姿がないことにひどく不安がっていた。
荒北が入部した時には、時間を歪めてしまったのかと怯えてさえいた。
その後、少しずつ荒北が部に馴染む様子を見守って、記録をとって、二年に進級した頃には東堂が十四歳の時に出会った荒北と同一になると確信していたのだろう。ノートだけが思い通りにならず、焦って、そして自分が書いたのだと気がついた。荒北を騙すことになることに罪悪感を覚えながら、この捻れた時間がぴったりと合うように仕組んだのが、この文通ということなのだろう。
騙したには違いないが、怒れるはずがないだろうと脱力する。
「なんつーか、オレに全部話して、協力求めりゃ早かったんじゃねェの?」
この突拍子もないタイムリープなる現象を説明されたとして、荒北が信じたかといえば非常に怪しいが。
「オレの知っている荒北は、何も知らなかったから」
ここでも、時間が捻れることを恐れたのだろう。
事態を把握しているくせに、何も分からない荒北や三年前の東堂に対する説明の足りない置き手紙やメモに苛立たされたが、そこも既知の未来を変えるわけにいかなかったのだ。
「お前……なあッ!」
つい尖った声は、ひどく曖昧な苛立ちからで、東堂に向けたつもりはなかったが、東堂はますます顔色を失った。
「ごめん……」
謝罪を口にするときだけ一瞬戻った血の気が、引き結ばれると同時に失せる。
唇の色がないのは、強く噛みしめているからだと気づいてしまって、一つ舌打ちすると、びくりと肩が揺れた。
「東堂、手」
爪を立てて握りこんでいる両手を取って開かせ、自分の指を絡めて拘束する。お互い、手は二つずつしかないので、仕方なく残りは口を使った。
三年前から大きかった目が一つゆっくりと瞬いて、荒北を見つめた。
「また、何か、間違えてないか?」
顔色一つ変えずに問う顔は、未遂で真っ赤になっていた頃とはずいぶんかけ離れた。
「お前、可愛げなくなったよなァ」
「……ああ」
荒北が知る東堂からすると無表情と言っていいような、表情の硬い三年前の東堂の方が、よほど感情の揺れは顕著で、何を考えているのかは分かりやすかった。
今の東堂は、何を考えているのかさっぱり分からない。
「……離してくれないか?」
掴んだままだった手からするりと抜き取られかけた手を、強く掴んで引き留める。
「もう、左右は分かンなくなったりしねェの?」
迷子のような子供だった。
本当は左利きなのだと言いながら、右も左もよく分からないと途方にくれた顔をした。
これは、自転車に乗せてやらなくては駄目だと思って、無理矢理引っ張り出して彼のロードバイクを渡してやると、傍目からも分かるくらいに目を輝かせていた。
ロードバイクは踏めば確実に前に進む乗り物だと、どこかの自転車馬鹿が宣っていたが、荒北にそれが必要だったように、東堂にも必要だったのだと、初めて知った。
「もう、そんな子供じゃない」
かわいくもない、と手を振り解こうとする東堂を押さえ込む。
「聞きたいこと、あんだけど」」
「……何だ?」
「このノートの書き込みが、お前だって分かった時、馬鹿にするために仕組まれたんだと思った」
「……ごめん」
謝る必要はないし、唇を噛むな、と叱る。
「で、本当はお前が知ってる通りの時間の流れになるように、一生懸命その通りに書いたと?」
「……うん」
「つまり、このやりとりの内容自体は、一切意味ねェってことでいいのか?」
「…………」
また唇から色が失せたので、触れて噛むのをやめさせる。
「……荒北、間違えてる」
「間違ってねェよ」
十四歳の東堂が、顔を真っ赤にして涙目で縋るように見上げてきた時は、うっかり雰囲気に流されかけて間違えたのだが、別に今は雰囲気に流されているわけではない。
「小さい方の東堂が、すげー必死になって、この書き込みの相手はオレが好きだって主張してたけど、それは思い込みで、本当は何の意味も無かったってことでいいんだな?」
「…………」
「東堂」
だから、唇を噛むな、と口づけようとすると、初めて顔を背けて逃げる。
「あと、新開がやたらと、お前がこの土日に彼女とデートする予定だったはずって主張しててさァ。なんか、入試の時から探してた相手で、この土日にやっと会えるって言ってたとか。お前、この土日はタイムリープの予定入ってたのにな」
会えたのか、と問うと、能面のようだった顔がくしゃりと崩れた。
「……会えた」
戦慄く唇から零れた言葉と一緒に、ぼろりと涙が一粒零れた。
「ずっと、三年前から、荒北に会いたかったんだ」
ようやく白状した東堂の手を解いて、左手で濡れた頬を拭ってやると、逆に涙腺を決壊させたようだった。
「初めて、お前が、部に入ってきてッ、オレのせいで、時間、ねじ曲げたんじゃないかって……怖くて。何言っても、裏目に出て、どんどんお前に嫌われ、てッ! どうすれば、いいか、全然分かんなくてッ!」
しゃくりあげながらぼろぼろ涙を零す東堂は、十四歳の頃より幼く見えて、震える肩を抱き込んだ。
「だんだん、お前が、オレの知ってる荒北になってきて、時間が変わったわけじゃないのかと思った。なのに、あの書き込みは、オレで。最初に会った荒北が、何であんなに怒ってたのか、分かって。傷つけたの、分かって、なのに、オレは、どうしても。三年前の自分に、今の荒北を会わせたくてッ」
ごめん、と泣きじゃくりながら謝罪する背中を撫でてやりながら、しみじみと嘆息する。
残された書き置きの不親切さに腹を立てていたが、何のことはない。
三年後の東堂だって、何も分かってはいなかったのだ。ただ、知る限りの時間をなぞって、捻れた時間を齟齬無く繋げて、東堂が知る荒北に三年前の自分を会わせた。
「すげー待たせて、ゴメンな?」
今の荒北を最初に知っていた東堂が、一年半前の荒北の姿にどれだけ衝撃を受けたのか、先の日記でも分かっているつもりだったが、あの端的な記録と、泣きながらの訴えには雲泥の差があった。
「ずっと、会いたかったんだ……」
悪かった、と涙に濡れた唇に口づけると、改めてきょとんとした顔をする東堂に、だから間違えていないと呻く。
何故か、肝心なところが通じていない。
「……だから、お前、オレのこと好きなの?」
中学生の東堂が、好意が読み取れると訴えたノートを指差して問うと、しばらく考え込んでいた東堂が、突然真っ赤になった。
なるほど、新開が見たのはこの顔か、と嘆息しながら、ノートを開き、東堂の机からシャーペンを取り上げて二文字書き殴って渡した。
気になる相手はいる、と書いた後に、それは誰かと問う書き込みを東堂がしたことに気付いた次の瞬間から、色々なものが捻れた。
受け取ったノートを見た東堂が、ぽかんとした顔でまだ濡れた目を荒北に向けてきたので、手にしていたシャーペンを渡して返事を促した。
右手で何か書きかけた東堂が、一瞬考えこんで、シャーペンを左手に持ち替える。
雑な字で『お前』と書いた横に、右下がりの丸い文字が返事を綴りだした。
