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外が白んできたのには気づいていた。一度時計を見た時は六時を過ぎたところで、また雑誌のパズルに目を戻す。どうにも自分の部屋の気がしない寮の一室で眠れず、諦めて机のライトを点けて試験勉強を始めた。
途中で息抜きがてら、手を出したクロスワードにうっかりのめりこんで、この時間である。逃避だとは自覚していたが、この状況で誰に迷惑がかかるでもない。
十四歳の自分の性格を熟知した上で、こんなものを用意した三年後の自分に、少々苛立ちを覚える程度のことだ。
また、パズルに没頭しているうちに、部屋のドアが叩かれて、びくりと身が跳ねた。
「東堂ォ、起きてる?」
一瞬身を硬くしてドアを振り返ると、荒北の声が聞こえて少し気が緩んだ。
立ち上がってドアに向かい、鍵を開けると、細くドアを開けて室内に入ってきた荒北が、東堂を見下ろして深々と嘆息した。
「やっぱ、夢じゃねェか……」
朝になったら夢だったらよかったのに、という落胆は分からないでもない。東堂はそれを試そうとして、結局一睡もできなかった。
「……お前、もしかして寝てねェ?」
「すみません……」
「まァ、寝れねェか」
くしゃくしゃと髪をかき混ぜてくる左手の、親指の付け根の部分に昨夜東堂が歯を立てた痕がくっきりと残って、痣と切り傷になっていた。
「朝飯取ってくるから、ちょっとは横になっとけ」
「はい……」
待っていろ、と告げて、荒北が部屋を出て行くと、急に室内の温度が下がった気がした。ぞくぞくと背を這い上がってくる寒気に、サイズの合わないジャージの前を掻き合わせ、言われた通りに、ベッドに入って布団を被るが、全く温かくならない。波のような悪寒が頭にまで達して、ガンガンと鳴り響くように頭痛までし始めた。
「東堂ォ、お前、いつもと同じ量食える……って、寝たァ?」
「起き…で……ッ」
身を起こして、寝てはいないと言い掛けた声が濁って咳込んだ。
「………お前、顔赤ェぞ、熱あんじゃね?」
額に当てられた手が冷たくて心地よかったが、それを荒北は発熱と判断した。
「寝てろ」
額に当てた手にそのまま力をこめた荒北に、強引にベッドに倒され布団を被せられた。
「あー、お前、十月から来たって言ってたか。急に寒くなって、体調狂って風邪ひいたンだな」
よく分からないが、先程まで寒くてたまらなかったというのに、急に身体がぽかぽかと温かくなってきて、むしろ暑くなってきた。
「暑い……」
「布団はぐな! おとなしく寝てろ!」
引き下げた布団をまだ首までかけられるが、歯形の残る手でおとなしくしていろと顔を覆われると、抵抗もできない。
「オレ、普段風邪なんか……」
「気も弱ってンだよ、おとなしく寝てろ。今日一日、寝てりゃいいから」
ほとんど風邪もひいたことのない、健康優良児としてこれまで来たので、そんなはずはないと根拠のない主張をした中学生を、高校生は一蹴した。
「薬と、冷やすもんと……」
ぶつぶつと呟きながら、どこかに行きかけた荒北の袖を無意識に掴んでしまって、怪訝そうな顔で振り返った荒北に焦る。慌てて手を離すと、逆に伸びてきた手が東堂の火照った顔から熱を吸い取った。
「あの東堂が、こんななんだもんなァ……」
しみじみとした嘆息の意味は、よく分からなかった。
「ちゃんと帰してやるから、今は寝ろよ」
ぼうっとした感覚の中、そう言い聞かせた穏やかな声に安堵して、後は何も分からなくなった。
たくさんの人間の気配を感じて、ふと目を覚ます。
酷かった頭痛は収まっていて、身を起こしかけるが、枕元に誰かが座った気配にぎくりと身を硬くした。マットレスがかかった荷重に沈んで、少しそちら側に傾いた頭を、伸びてきた手が覆った。
もう傷跡を見なくとも分かるようになった、筋張った男の手に肩の力を抜きかけて、室内に他の人間の気配を感じて再度身を緊張させる。
その反応を察したのか、なだめるように手が頭を撫でたが、その手つきの優しさが嘘のように、声は不愛想だった。
「何なんだ、テメェら、雁首揃えて?」
「だって、東堂さんが風邪っていうから、心配なんですぅ」
「珍しすぎて、天変地異の前触れっていうか、祟りが起きませんようにって、一年一同から山神にお供えです」
「ユキ!」
「黒田って、ホント素直じゃないよネ。葦木場みたいに、心配なんですぅって言ってみりゃ、もう少し東堂に手加減してもらえンだろーに」
「別に、手加減してもらいたいわけじゃないんで!」
室内にいるのは、荒北以外に三人だろうか。
会話の様子からして、下級生のようだ。
「大体、荒北さんに素直になれとか言われんの、すげー心外なんすけど。そもそも、何で荒北さんが東堂さんの看病してんすか。それも合わせて、何かとんでもないことが起きるんじゃないかって、寮内大騒ぎなんすけど……ッテェ!」
上級生に鉄拳を食らったのか、挑発的だった男の声が途切れた。
「くだらねー噂話とかしてねェで、試験勉強しろって全寮に伝達。病人いンだから、面白がって覗きにくンじゃねェとも言っとけ。ったく、どいつもこいつも」
「東堂さん、大丈夫ですか?」
試験前なのに、と心配そうに問うたのは先程までとは別の声だ。
「飯食わせて薬飲ませたし、寝てりゃ直ンだろ。半分知恵熱みたいなモンだろーし」
酷い言い種だと思うが、確かにこの不調の半分くらいは精神的なものの気がする。
「あ! 本当にスリーピングビューティですね!」
「おい、シキバッ!」
「あいたっ」
不意に伸びてきた手が布団を剥ごうとしたことに焦るが、何やら痛そうな音がして、その手が引っ込んだ。
「お前ら見舞いに来てンのか、悪化させに来てンのかどっちだ! 泉田、こいつら連れて出てけ!」
「はいっ! 失礼しました!」
「東堂さん大事にどうぞ!」
「荒北さん、お邪魔しました!」
怒鳴りつけた荒北は、おそらく下級生から恐れられているのだろう。泡を食ったように、ばたばたと退出しながら、運動部らしいノリで、大声で挨拶をしていく。
「ッセェって言ってんだろが!」
唸った荒北も相当にうるさかったが、その後ようやく訪れた平穏にそろりと布団から目を覗かせると、荒北がすぐに気がついた。
「起きたァ? つーか、まあ、あんだけ騒がれたら起きるか」
いつの間にか布団の上に毛布が数枚重ねられていて、重くて起きあがれないでいると、襟首を捕まれて猫の子のように引き起こされた。
「はい、可愛い後輩達からの差し入れ。何か食えそう?」
突きつけられたのはコンビニのビニール袋で、スポーツ飲料やゼリー飲料が詰められていた。
「あいつら、アイスとかすぐ溶けンだろうが……! オラ、食っとけ」
バニラのカップアイスを手渡されて戸惑っていると、一つ舌打ちした荒北が勝手に蓋を開けて、木製の匙を既に柔らかくなりかけたアイスに突き立てた。
「何、コレも食べさせてほしい?」
「これも?」
意味が分からず聞き返すが、人の悪い笑顔に何か、嫌な予感がした。
朝、朦朧としながら、薬を飲む前に何か胃に入れろとどやされて、子供のようにむずがったような記憶が、おぼろげにある。
あの、駄々を捏ねる幼児のような状態の自分が、どうやって薬を飲んだのか、全く記憶がないのだが、先程、この男は食べさせて薬を飲ませたと言った。
ぶわり、と下がりかけていた熱が顔に集まって、慌ててうつむくが、荒北は人の悪い笑みを浮かべたまま、東堂の少し長めの前髪をかきあげて真っ赤になった顔を晒した。
「こーいう反応、スゲェ新鮮。東堂ならギャーギャー喚いて、ケダモノとか貞操がどうとか騒ぐからなァ……」
ここで言う東堂とは、彼の同級生である十七歳の東堂のことなのだろうが。
普段、自分はどういう言動をしているのだろうかと、不審に思う。
「かーわい」
「……それ、やめてください」
「どれをォ?」
にやにや笑いながら、くしゃくしゃと髪をかき混ぜてくる男は、絶対に分かってやっている。
「ほら、アーン」
文句を言いかけたところに、アイスをすくった木製の匙を突き込まれて黙らされる。
手慣れた様子は何なのだと、じろりと睨むと、更に楽しげな顔をする。
「……同い年のオレにもするんですか、それ?」
口の中で溶けた甘いバニラアイスを飲み込んでから問うと、否定するかと思っていたのに、あっさりとうなずかれた。
「お前、口の中に物入ってると喋らねェかんな」
もちろん、そんな行儀の悪い真似はしないが。先程から、荒北はまるで東堂が騒々しく、どうしても黙っていられない子供のように扱うのが不可解だ。
口下手というわけではないが、どちらかと言えば寡黙で落ち着いている、というのが、東堂の評価だったはずだ。同年代の女子からは大人びていると騒がれたし、同性からは冗談半分でスカシた奴だと言われた。
そこが鼻持ちならないと言われるが、東堂は自分の外見の良さや、勉強も運動も何でも人並み以上にはこなせる能力を持っていることを、はっきりと自覚している。無駄に謙遜して卑下してみせることはないが、ひけらかすようなこともしない。
「高校生のオレ、そんなにうるさいんですか?」
「んー、どう育ったらあんなにのびのびとジユーホンポーっていうか、ボージャクブジンな人間になるのかって思ってたけどなァ」
明らかに漢字変換してなさそうな四字熟語を使って、荒北はまたアイスの塊を口の中に放り込んできた。冷たいアイスクリームは痛む喉に心地よいが、先程からの抗議は完全に無視である。
「今のお前見てると、あれ、高校デビューなのかねェ?」
「こうこうでびゅー」
聞いたことはある単語だ。
高校進学を期に、髪を染めたり言動をがらりと変えて、中学までのイメージを一新して学校生活を新たに構築しようとする行為を指していたと思う。
似たようなものに、長期の休みを利用した夏休みデビューというのもあると聞いたことがある。
写真を見る限り、髪はやや長くなっていたが、染めてはいなかった。外観はいじらずに、キャラクターを変えたのだろうか。
「一年の頃からそうなんですか?」
「オレがお前とマトモに喋るようになった頃からそうだった。まァ、その前から一方的に好き勝手言って、一人で騒いでキレてたけど」
どうにも解せないのは、高校デビューを試みたにしては、同級生だという荒北の評価が非常に低いところだ。
「まあ、実力自体はあンだけどな……」
怪訝そうな東堂の表情に気づいた荒北が、フォローするように言い添えたが、実力以外の部分は評価していないらしい。
「能力を鼻にかけて、慢心している?」
「ムズカシー言葉使うネ、中学生」
こういうとこは東堂だとぼやいた荒北が、最後のアイスクリームの塊を口の中に放り込んでくる。
「まあ、どーやったらそこまで自信満々なのかは不思議だけど、言ったことは全部やってっからな。勘違いしたバカとは違ェよ。いや、勘違いしたバカだけど」
どっちだ、と口の中で溶けたアイスクリームを飲み込みながら目を据わらせると、一つ嘆息した荒北が指を立てた。
「お前の二つ名な、『眠れる森の美形』って自分で名乗ンだぞ?」
「は?」
「天はオレに三物を与えたってのが口癖で、登れて、トークがキレて、美形だって毎度騒ぐ。ついでにファンクラブがあって、そんなお前にキャーキャー言ってる」
「ふぁんくらぶ」
「お前を応援して、東堂様呼びしてウチワ振って悲鳴上げてる謎の集団」
荒北の口調は心底うんざりとしていて、からかっている様子はない。
それが本当だとすると、三年後の自分は自らを美形と言い放ち、恥ずかしいあだ名を堂々と名乗り、女子に向かってアイドル気取りで騒がれて喜んでいることになるのだが。
「…………ばか?」
思わず漏らした一言に、荒北ががしりと両肩を掴んできた。
「お前、その感覚、三年後まで持ち合わせろよ?」
頼むから、と懇願されても、三年後の自分ががそうなっているというなら、保証はできない。東堂自身、未来の自分が何を考えて高校デビューを果たして、そんなことになったのかを知りたいくらいだ。
「何でこれが、ああなるかな……」
ぼやく声がやけに近いことを疑問に思って、ベッドに腰掛けていた荒北に、いつのまにか肩を抱え込まれるようにして頭を撫でられている体勢に気づいて焦る。
昨日から思っていたが、この男は案外スキンシップが激しい。子供扱いしてからかっている節もあるが、距離が妙に近い。
「あれ、お前また熱上がってる?」
誰のせいだ、と睨みあげると、両頬を包むようにして体温を確認していた荒北が、ぱっと両手を離した。
「あー、寝ろ。いいから寝とけ! この風邪っぴき!」
他に何か食べたいか、と急に喚かれて、きょとんとしながら首を横に振ると、問答無用でベッドに押し倒された。
ばさばさとまた布団を何枚も重ねられて、重い布団の上から更に体重までかけられたようで、全く身動きがとれなくなる。
何なのだと思うが、どうにもまだ本調子でないのか、ずしりとした重みに抑え込まれるようにして、そのまま意識が眠りの淵に沈められた。
次に目が覚めたのも、また他人の声に気づいてのことだった。
熱が上がっているのか、ぼんやりとした意識の片隅で、ゆめうつつに会話を聞く。ぼそぼそと喋る声の片方は荒北で、もう一人はそれより更に声が低い。
「東堂は大丈夫なのか?」
「ヘーキだって。アレだろ、鬼が笑うやつ」
「それを言うなら鬼の霍乱だ」
「ヘイヘイ、カクランカクラン」
生真面目そうな男の訂正に、荒北が雑に応じた。
「ったく、どいつもこいつも、珍しがって見にきやがって」
「荒北が東堂の面倒を見ているのが、余計に珍しいのだと思うが」
「っせ。テスト期間中だし、東堂が必要なこともねーだろ、寝かしとけよ、主将」
「心配しているだけだ、仕事をさせたいわけじゃない。東堂が風邪で寝込むなんて、初めてだ」
布団に潜ったままなので、主将と呼ばれた相手の表情は伺えないが、聞こえてくるやりとりからして同学年の部の主将だろう。先程の後輩達の態度からしても、高校生の東堂はそれなりの人望があるようだ。
これが高校デビューとやらの結果なら、「スカシている」中学時代より人間関係はうまくいっているのだろうと、熱にぼんやりとしながら考える。
「東堂は、なんというか、丈夫で錆びないと思っていた」
「ステンレスかよ」
「どちらかといえば、カーボンだと思うが」
「ソレ、割と脆くね?」
「そういう部分がないかと心配している」
「福ちゃん、アレの何を見たら、そんな心配できンだよ……」
よく分からない軽口を叩き合って、呆れた荒北の台詞の語尾が、僅かに揺らいだ。
「……福ちゃんって、昔から東堂のこと知ってンだっけ?」
「中学時代に、何度かレースで顔を合わせた程度だが」
「つまり、もうチャリ乗ってた頃だよな……。その頃からああだったワケ?」
「ああとは?」
「自信過剰っつーか、エラそーっつーか、うるせー感じ?」
やはり、荒北にとって高校生の東堂はそういうイメージであるらしい。
問われた人物は、少し考え込んだようだった。
「東堂の学校には自転車部がなくて、最初は友達と走っていたらしい。中学三年から個人でレースに出るようになって、名前を聞くようになった。その頃にはもう応援している女子がいて、騒がれていた」
目立つのですぐ覚えた、と言い切った声に、荒北が嘆息してみせた。
「あー、目に見える」
「東堂は、ずっと東堂だと思うが」
「オレもそー思ってた」
「そうではないと?」
分からない、と応じた荒北の声が渋い。
と、その時ノックの前触れもなく部屋のドアが開く音がした。
「靖友、寿一、尽八の具合どう?」
「寝てっから静かにしろ」
不機嫌に唸る荒北を気にせず、室内に入ってきた三人目がベッドの近くに寄ってきた。
「飯食えそう?」
問いながら、布団の上に何か積み上げているようで、ただでさえ重い布団に更に負荷がかかる。
「起こすなってンだよ! あと、お前らパワーバーとポカリ持ってきすぎだからァ!」
「おお、尽八愛されてんなー」
「先程、先輩達も差し入れにきてくれた」
ぼんやりと布団の隙間から勉強机の上を見やって、昼間一年生達が置いて行った差し入れのスポーツ飲料や菓子類が倍増しているのが目に入った。更に、今来た男子生徒がペットボトルを追加で並べている。
「あと、花」
「やりすぎだ、新開」
「風邪で寝込んだ程度でアホか!」
「違う違う、こっちはファンクラブ代表から」
水を入れたコップにラッピングごと小さなブーケを突っ込んだものを机に置いた男に、周りが入院患者じゃないのだからと呆れるが、反論がまた不可解だった。
「……何で、ファンクラブ連中が男子寮のこと把握してンの?」
「リークしてる奴いるんじゃね? 夕方にファンクラブ代表の女子が、寮受付に見舞いの花と手紙届けに来たって」
「コエーよ!」
「尽八は普段のサービスが徹底してるからなー。ファンも熱心だよな」
熱で全く頭が動いていないせいだけでなく、彼らが何を話しているのか理解ができない。
「しっかし、このタイミングで風邪って、尽八ツイてないなあ」
「ああ、テスト前に厳しいな……」
「や、デートの方」
さりげなく投げ込まれた爆弾に、反応は薄かった。
荒北は何も言わなかったし、東堂自身は熱で朦朧としていた。唯一問い返した主将の声も低く淡々としていて、驚いたようには聞こえなかった。
「デート?」
「そう、せっかく会う約束してたみたいなのに、どうしたのかなって」
「東堂が、デート?」
「ここ一週間くらい、なんかそわそわしてて、どうかしたかって聞いたら、ずっと会いたかった人にやっと会える的なこと言ってたし、昨日の昼に返事が来ないって焦ってたから、週末にデートでもすんのかと思ってたんだけど、聞いてねぇ?」
「いつもの巻チャンとの約束じゃねェの? 東堂のスパムメール迷惑なら着拒すればいいのにな、巻チャン」
興味なさそうに応じた荒北に、違う、と明るい色の髪をした男が首を振る。
「裕介君と会ったのは今年の春だろ。こっちは入学前から会いたがってたやつ。入試の時にも探してたから、結構年季入ってるよな」
「どうして新開が、入学前の東堂を知っているんだ?」
「レースでオレの顔覚えてたみたいで、受験の時、尽八から声かけてきた。その時も、合格発表の時も入学してからもずっと誰か探してたから、好きな子でも探してんの、って聞いたら真っ赤になってさあ」
「東堂が?」
「東堂がァ?」
「尽八が」
怪訝そうな声を揃えた二人に、重々しくうなずいてみせるが、顔は明らかに面白がっている。
「つまり、別の中学の子ということか?」
「みたい? 約束したわけじゃないけど、箱学に来るはずみたいなこと言ってたけど、結局入学してからも会えなかったっぽいから、箱学にはいないんじゃないかな。尽八、その子に会いたくて箱学選んだっぽいこと言ってたし、入学した頃は会えなくてめちゃくちゃへこんでた」
「東堂が?」
「東堂がァ?」
「おめさん達、もうちょっと尽八のこと、普通の十代の男の子だと思ってやろうぜ?」
「お前はアレを、フツーの男の子だと思うのかよ?」
荒北の鋭い突っ込みを笑ってかわし、マイペースに話を続ける。
「ここしばらく、珍しく情緒不安定だっただろ?」
東堂が、と疑問詞の付いた声が揃う。二人が疑問を呈しているというのに、少数派は全く怯まなかった。
「どうしたって聞いたら、ずっと会いたかった人にもうすぐ会えるって言うからさ。高校入る前から会いたかった人かって聞いたら真っ赤になっちゃって、超可愛かったっていう……」
「東堂が?」
「東堂がァ?」
「おめさん達、尽八のこと何だと思ってるんだ?」
問われて二人はそれぞれ首を捻った。
「……鋼のような精神だと思う」
「福ちゃん、それ、神経が雑って言ってっからな。つーか、あの東堂にハジライとか照れとかそんな可愛げがあるわけ……」
不意に言い淀んだ荒北が、決まり悪げにベッドの方に目を向けてくるのをぼんやり見つめる。目が合ったことに荒北が表情を変え、気付いた他の二人もベッドを振り返った。
「あ、尽八起きた?」
暑くて少し退かした布団の隙間に手をかけてきた男が気軽に捲ってきて、びくりと身をすくませる。
「あー、髪ぐしゃぐしゃ。尽八って寝てると子供みたいだよな」
「起こすな!」
焦ったように荒北が布団を上から抑えこんできて、視界が暗くなる。布団の中に籠もった熱で、頭が余計にくらくらしてきた。
「いいから寝かしとけ、いじんな!」
「独占禁止法!」
「意味分かンねぇよ!」
布団の向こうで騒ぐ言葉の意味も、よく理解できない。
「何で靖友だけ看病してるんだよ! オレだって尽八に、おかゆ食べさせたり薬飲ませたりしたい!」
「本気で意味分かンねーし、お前のそれ、テスト逃避だろ! 勉強戻れ!」
「新開、荒北、病人がいるのに騒ぐな」
主将にたしなめられて喧噪がどうにか止み、頭痛が少し和らいだ。
「とりあえず、こんなに布団を被っていたら東堂も息苦しいだろう」
布団に荒北以外の男の手がかかった気配に、見つかったらまずいのでは、と今更気付く。
先程は一瞬だったし、顔の作りは同じなので、寝ているから幼く見えると判断されたようだが。
「いや、このままで大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないだろう」
そのやりとりの後に布団の中に入ってきた手に焦って、思わずその手の甲をはたくと、驚いたように手が引っ込んだ。
「福ちゃんどうした?」
「……何故か引っ掻かれた」
「オレ、昨日噛みつかれたし、なんか弱って野生化してンのかもね」
どういう扱いだ、と抗議の声を上げるが、熱に嗄れた声は途中で咳に変わった。
「はいはい、鳴かない鳴かない。いーからお前はおとなしく寝てろ」
今度布団の中に入り込んできた両手は荒北のもので、暑い布団の中で相対的に冷たい手に懐くと、その手が一瞬止まった。
「お前、また熱上がってンね?」
よく分からないが、額に当てられる手は心地よかった。
「…ら、きたさ……」
掠れた声で呟くと、聞き取れなかったらしい荒北が、布団の中に頭を突っ込むようにして聞き返してくる。
「ナニ? なんか欲しい?」
熱に朦朧とした頭で、欲しいものを問われたのは何となく分かった。
「りどれ……」
欲しいものを答えると、至近距離で大きく顔をしかめた荒北に、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられた。おかげでまた頭がくらくらし始めたし、髪もますますひどいことになっている。
「どうした?」
「何か欲しいって?」
口々に問う声に、荒北が首を振る気配があった。
「チャリ乗りてェって」
口笛の後に、尽八だな、と笑う声が聞こえた。
「ああ、東堂だな」
「…………東堂なんだよなァ」
