◆8月
夏休みの最中だというのに、ファンクラブの女子達がわざわざ学校敷地内の寮まで訪ねてきて、誕生日プレゼントをくれた。男子寮内には入れられないので、外で黄色い声援を浴びながらファンサービスを振りまいて、気を付けて帰るように笑顔で送り出し、息を吐いた瞬間に買い物帰りの荒北に出くわした。
いつもの差し入れの比ではないプレゼントの山に呆れた顔をされ、誕生日なのだ、と呟くと知っていると素っ気なく返された。先月、やかましく主張していただろうと言われるが、記憶にない。
「お前、帰省しねェの?」
「今の時期、家は忙しいからな」
坦々と告げると、一瞬荒北が奇妙な顔をした。その表情の意味を考えて、家庭の事情を心配させたことに気づく。
「いや、だから今日くらいは帰らなくていいという温情だな。帰ると問答無用で家の手伝いをさせられるから。明日は覚悟を決めて帰る。人のことより、お前はどうなんだ?」
自転車部員は寮生が多いため、彼らが実家に帰れるようにインターハイ後に盆まで長めの休みがある。昨日から皆帰省しているため、自転車部で寮に残っているのは東堂と荒北だけだ。
「面倒」
「帰れ」
親御さんが心配するだろう、と説教すると、うるさそうな顔で聞き流される。
「フクには帰れって言ったくせに」
「アレは帰らせた方が良かったダロ」
地元になら新開がいる、と告げられ、塞ぎ込んで帰省に乗り気でなかった福富を、説得して帰らせたのはそういう意図だったかと意表を突かれる。
新開はここしばらく休部状態で、学校が休みに入った時点で最近飼いだした兎を連れて実家に帰省している。
「なんだか、バラバラだな……」
どうしてこうなってしまったのだろう、とプレゼントの包みを抱えたまま俯くと、頭上に何かかざされて真夏の陽光が微かに和らいだ。
顔を上げると、薄緑色のガラス瓶が突きつけられていた。
「誕生日プレゼント」
「安い!」
「っせ、文句あンなら飲むな! ベプシのついでに自分用に買ってきただけだし!」
「照れるな、オレに捧げるために用意したんだろう」
彼がいつも飲んでいる炭酸飲料は自販機で買えるものだし、瓶入りのラムネは購買が閉まっている今は外まで買い出しに行く必要がある。ついでに言えば、荒北はラムネを自分では飲まない。彼がラムネを買うのは、これならば飲めると言った東堂に渡すためだけだ。
どうも彼は東堂がラムネだけは好物なのだと思いこんでいる節があるが、東堂は基本的に炭酸飲料は苦手である。ラムネは素朴な味が比較的舌に馴染むのと、量の少なさで持て余さずに済むだけだ。
腹を立てた荒北が自分で飲み干そうと、瓶を開封するのを横から奪って、開けてしまったものは仕方ないと口をつける。
口に含むと、甘い液体の中でぱちぱちと気泡が弾ける。鼻の奥と目の裏側でも刺激が弾ける感覚は、何度飲んでも馴染まない。これに慣れると、目の前の男のように舌が馬鹿になって、どんな食事にも甘い炭酸飲料を合わせようなどと考えるようになるのだろう。
「お前、ほんと、ラムネだけは好きな?」
すっかり勘違いしている味覚障害者が、東堂の頭の上に手を置いて呆れたように言うのに、分かっていない、と深々と嘆息する。
こんなもの、好きになるしかないだろう。
