一年間荒東(2016ver.) - 6/12

◆6月

「邪魔するぞ!」
「本当に邪魔だっつーの!」
 部の掲示板にポスターを貼ろうとしていたら、後ろから乱暴者に拳骨を落とされた。
「先生の許可は取ったぞ!」
「絶対、オーダー表の上に貼っていいなんて言ってねェだろ!」
「荒北のくせに正論を言うだと……?」
 ぼやくともう一度頭をはたかれて、応戦しようとポスターを一度丸めてから振りかぶりかけたところを福富に止められた。
「そのポスターは?」
「あじさい電車の告知ポスターだ」
 実家経由で押し付けられたので、許可をもらって校内に貼って回って、これが最後の一枚である。
「部室は貼る場所がない、寮の方がいいだろう」
「それもそうだな」
 部内通達やレースのポスターで埋め尽くされた掲示板と壁にあっさり諦めると、最初からそうしろと、後ろで荒北が文句を言う。言い返そうとする前に、肩にのしりと重みがかかった。
「あじさい電車、聞いたことはあるけど、去年も乗らなかったなあ」
 そうのんびりと言う新開が寄りかかってきたのだと思ったのに、友人は横から広げ直したポスターを覗きこんでいる。では、背後の重量はどんな怪奇現象だろうかと悩んでいると、馬鹿にするように一言を残して不意に肩が軽くなった。
 アジサイ、と鼻で笑っただけなら、情緒がないと詰ればよかった。お前みてェ、と加えられた台詞の意図が理解できない。
 どういう意味だ、と問うこともできずに、ただ奇怪な生き物が遠ざかる気配を感じる。
 紫陽花という花に、あまりいい意味はない。色が変わる様から移り気、寒色系の青色から冷酷、美しいが冷たい、といった花言葉が筆頭にきて、最近はピンクの花から元気だの、集合した花から家族や団欒というプラスの意味も付加されたがまだ馴染みは薄い。
 そもそも、彼は花言葉などろくに知りもしないだろう。
 情緒のかけらもない一般的な男子高生が、紫陽花に対して持つイメージとは何かを悩んでいると、再度肩に重みがかかった。
「尽八、どうした?」
 不審げに顔を覗き込んできた新開にはたと我に返って、握りこんで皺になりかけていたポスターを慌てて伸ばして巻き直す。
「……なあ、隼人。紫陽花ってどんなイメージだ?」
 東堂の中で今時の男子高校生代表の友人に問うと、少し首を捻ってから、梅雨時の花、と応じる。
「あじさいって食える?」
「……腹壊す程度だが、毒あるから食うな」
 彼らしいコメントを冷静に突っ込んだところで、この話題は打ち切りになるはずだったが、首を傾げたまま友人が続けた。
「靖友がどうかした?」
 のんびりしているようで、的確に穿ってくる友人に思わず丸めたポスターを握り潰す。目を白黒させながら漏らしたいくつかの単語で、ミステリ好きは大方のところを看破した。
「靖友にあじさいに似てるって言われて、どういう意味か気になってグルグルしてんだな?」
 本人に聞いて来よう、と朗らかに言って踵を返しかけた友人の袖を慌てて掴んで止めると、振り返った新開がにやりと笑った。
「聞かない方がいい?」
 たぶん、途方に暮れた顔をしたのだろう。大きく破顔した友人に、強く抱きこまれて別の意味で焦る。
「あー、恋心自覚した尽八が最近めちゃくちゃ可愛い」
「頭は大丈夫か?」
 無様なだけで、可愛くはないだろうと嘆息するが、時折頭のねじがどうなっているのか疑問になる友人は、妙に楽しげに笑った。
「そして、背に突き刺さる靖友の視線がたまらない」
「……本当にお前の頭は大丈夫なのか?」