◆5月
プライドの高い相手を傷つけると、実に厄介だ。
その事実をしみじみと実感しながら、今日も今日とて噛みついてきた後輩を見下ろす。
黒田雪成、この春に入部してきた新入生の中で一番実力がある。
何でも器用にこなし、本人もその自覚があるのだろう、慢心した態度が鼻についたので、ちょっとばかり叩き折った。
以来、毎日の練習で挑んでくるようになって、今に至る。
どうしたものかと、特に解決策がどこかに書かれているわけでもないが、周囲に視線を巡らせると、どこぞの大食漢は今日もパワーバーを齧りながらニヤニヤ笑っているし、鉄仮面はその固い表情筋の可動域の最大限で黙って大笑いしていた。
この二人は役に立たない、と判断して次の助けを探す前に、近所の犬に絡む遊びを覚えた猫のような後輩を東堂が回収に来た。
「こら、お前は今日、クライマーチームのメニューだと朝言っただろうが」
「でも、オレ、オールラウンダーでもやれます!」
少し不満げに訴えた黒田に対し、東堂の表情は変わらなかった。
ただ、取り巻く空気が冷えた。
「オールラウンダーなんて、そこの登りにセンスのない初心者でもなれるんだぞ。クライマーの方がかっこいいだろう?」
初心者というのが自分のことを指していると気づくのに、少し時間がかかったのは、ここしばらく東堂が荒北をそう呼ぶことが無くなっていたからだ。
「もう始めて一年経ったんだけどォ?」
「まだだろう、初心者め」
確かに、荒北が福富に出会ったのが去年の今頃で、入部するまでにはもう少しかかった。だから正確に言えば、荒北がロードバイクに乗り始めてから丸一年は経っていない。
「……一年未満?」
お前まで何か文句あるかと生意気な一年を睨むと、ひどく衝撃を受けた顔をしていた。気に食わないのに敵わない相手が自分より経験が浅かった事実にショックを受けたのだ、と察するのに少し時間がかかって、東堂が最初からそのつもりで矛先を自分に向けたのだと気が付いた。
後輩の自尊心を意図的に踏みにじるやり方が気に食わないし、その道具として使われたことにも苛立つ。
「東堂ォ」
伸ばした手で、何をしようと思っていたわけではなかった。馬鹿みたいなカチューシャをした頭を小突くか、叩くか。気に食わない、という意思表示をしたかっただけだったが、東堂が不自然なほど大きくその手を避けた。
黒田の敵愾心よりよほど刺々しい拒絶を見せられ、冷たく睨む目に一瞬驚いて、すぐに理由に思い至った。
昼間、この厄介な性格をしたチームメイトが何を言っても黙らないので、嫌がらせ代わりにキスをして黙らせた。
「……ノーカンって言ったじゃ……」
言いかけた瞬間、珍しく物も言わず、その分容赦なく向こう脛を蹴りこんできた東堂に、悲鳴も上げられずにその場でうずくまりながら、プライドの高い人間は実に面倒くさいと、荒北はその事実を噛みしめた。
