◆2月
「荒北、チョコいくつもらった?」
聞こえてきた名前に、東堂はつい足を止めた。
珍しい苗字なので、それはチームメイトの荒北に対する呼びかけに間違いない。今日はバレンタインデー。少し前までいかにもなヤンキースタイルで荒れていて、あまりハンサムとも言い難い男に対して酷な呼びかけだが。
その台詞が女子の声だったことに、おや、と思う。
入学当初に比べれば、かなり落ち着いたとはいえ、今でも表情と態度と言葉は荒い。女子には怖がられているはずだが、こんな風に話しかける子もいるのか、と興味を惹かれて廊下の角で立ち話をしている男女を見やる。
男子の方は間違いなく荒北で、女子は確か彼と同じクラスだったはずだ。
「……意外に、もらってるんだ……?」
少女の揺らいだ声と目線に、東堂も荒北が提げていた複数の小さめの紙袋に気づいて目を見張った。
まさか、実はモテるのか、という動揺に、荒北は面倒そうな顔で首を振った。
「こっちが新開の、こっちが福ちゃんの。なんか、福ちゃん直接渡すと断られるから、オレから渡してって頼み込まれた。新開はなんか、渡そうとすると過激派にジャマされんだと」
「あー、新開君ファンって殺伐としてるよね」
預かりものと聞いて、少女の声が目に見えて明るくなった。
「そっか、やっぱもらえないんだー?」
「っせ。別にいらねェよ、東堂じゃあるまいし」
何故、そこで人の名前を引き合いに出すのだと、いらっとするが、状況に関する好奇心が勝った。
バレンタインに特定の男子に探りをいれ、手にしているチョコレートが他人宛てと知ってほっとする。指定鞄の影に揺れる、小さな紙袋の存在も合わせれば、この後の展開は明白だ。物好きなことだが、人の好みはそれぞれだろう。
「で、ナニ? それは誰に渡せばいいの?」
案外目敏い男が、大変鈍感に的外れなことを告げて、隠していたチョコレートを指さした。全くそれが自分に向けられる可能性を考えていない荒北の自己評価は正しいと思うが、空気を読めと歯噛みする。
「え? あ、や……これは……」
予想外の展開にうろたえた女子は、おろおろと目をさまよわせ、東堂の姿に気が付いた。
「東堂君!」
「ああ? アイツならフツーに受け取ンだろ、ってか、そこいるじゃん」
振り返って東堂に気づいた荒北が、こっちに来いと声を張り上げ、東堂は頭を抱えたくなった。この状況を、どうフォローすればいいのか分からない。
「あ、あのっ、東堂君、これ!」
駆け寄ってきた女子が、完全にパニックを起こした真っ赤な顔で紙袋を差し出してくる。市販の安い駄菓子チョコを、可愛い袋に入れてラッピングしたそれは、あまり本命に向けるものには思えない。
たぶん彼女は、冗談に紛らせたかったのだ。他にチョコをもらえる見込みがない男子をからかって、かわいそうだからあげる、と義理としか思えない安いチョコを押し付けるシミュレーションを繰り返したのだろうが。
想定以上に意中の相手が鈍かったことに、焦ってパニックを起こして、行き場を失ったチョコレートを東堂に押し付けることにしたようだ。
つまり、これは他人宛ての本命チョコだ。どうしたものかと思うが、当人はもう誤解を解くのを諦めてしまっている。下手に他人が干渉するよりも、素知らぬ振りで受け取ってしまうのが無難だろう。
「ありがとう。必ず荒北といただくよ」
言ってしまってから、しまった、と臍を噛む。
本気に取らない、という意思表示には、皆で食べると言うべきだったのに、本人に食べさせなくてはという思いで口が滑った。
当人に全く通じていない恋心が、他人に把握されていることを理解した少女の顔が泣き出しそうに歪む。
少女が悲鳴を上げて逃げ去った後、唖然とした荒北と、押し付けられたチョコレートを手に頭を抱えた東堂が残された。
「……アイツも恋愛絡むと、あんな風になンのか……」
「お前が、色恋を、語るな!」
思わず東堂は、その背中に本気で蹴りこんだ。
