なにかひとつ かりたもの

なにかひとつ かりたもの

【僕のヒーローアカデミア 炎ホー】

2023/8/20発行
文庫p66/4Cオンデマ/400円

平和時空の炎ホが部下達の結婚式に参列する話。

サンプル文

 

 役所の書類というのは、なんとなくモノクロなイメージがあるが、よくよく考えてみると、納税の書類やその他の申請書も枠線には青や緑の色がついていたり、記入項目ごとに色分けされたりしていたような気もする。
 ただ、こんなに鮮やかなピンクの枠で、絵柄までついていてよかっただろうか、と困惑する。
「これは、ちゃんと受理されるのか?」
 隣に立つフレイムヒーローが同じ困惑を口にして、自治体によるが記入項目がきちんと整っていれば装飾は自由なのだと部下に説明されていた。
 いわゆるA3規格の申請用紙は案外余白があって、その余白部分全面に自分達の姿が印刷されているのは非常に違和感がある。炎を纏うフレイムヒーローと大きく翼を広げるウイングヒーローの写真を組み合わせた小学生向けの学習ノートのようなこれが、本当に公式な書類として認められるのだろうか。
「これ、自分達で作ったんすか?」
 自由にデコれるテンプレートでもあるのだろうか、と問うと、それもあるが、これは雑誌の付録だと言われてより混乱する。イメージは完全に児童向けの学習雑誌の付録なのだが、役所の申請書類が雑誌の付録でよいのだろうか。
 本当にこれが受理されるのだろうか、という不安を抱いているのはフレイムヒーローとウイングヒーローだけのようで、部下達は満面の笑みで署名を促してくる。
 先に腹を括ったのはエンデヴァーだった。
 手早く署名を終えた用紙をホークスの前に滑らせ、ペンが手渡された。少し熱の残ったペン軸の感触が妙に生々しく、一度手放して記入項目を確認する。
 フレイムヒーローと公私ともにやりとりすることは多いが、音声通信かメッセージアプリを使うことが多いため、肉筆を目にすることは稀だ。ファン向けのサインとも違う、男の本名が丁寧に書かれているのをじっくり眺め、改めてペンを手に取る。
 いつもの走り書きではなく、極力丁寧に線を引いて、ヒーロー名と異なり、滅多に表に出すことのない本名を綴り、次の住所欄を書きかけてまた手を止める。
 横に書かれた男の住所は住まいのある静岡だ。倣って本拠地の県名の最初の一画を綴りかけ、しばらく考え込む。
「ここって、現住所でいいんすか?」
「本籍地だろう」
「ホンセキチ……」
 そういうものだろう、と思ったので一旦手を止めたのだが、改めて自分の本籍地とは、と考えてみるが、よく知らない。
 戸籍というものが非常にあやふやな、特殊な身上である。
 おそらく、公安に引き取られて教育を開始された時点、あるいはホークスの名でヒーローデビューを果たした時点で何かしら作られたのだと思うのだが、そういったことは全て上の決定に任せていたので、これまで気にしたことがなかった。
 住まいに関しては何度か引っ越しをしているが、忙しさにかまけてそれらの手続きは事務所か公安に任せっきりで、それで全てが通ってしまっていたので、戸籍上の住所なるものを把握していない。
「えーと、ちょっと確認するんで、待ってくださいね」
 こんなことで書き損じて書類を無駄にしてはならない、とスマホを取り出し、己の身柄について詳しい公安の責任者に繋ぐと、常に忙しい相手はいい大人の「俺の本籍地ってどこですか?」なる質問に大変苦々しい反応をした。
「え、書類に書く必要があって。……いや、そっちで作ってもらうわけには」
 とうして今更そんなことを聞くのか、という問いに、公式書類とは到底思えない用紙を見下ろしながら応じる。どう見ても子供雑誌の付録なのだが、これは自分がこの手で署名する必要があると理解している。
「……何でって、婚姻届ですもん」
「ヒーローネットワークの、自分の登録画面に記載された住所を書けば間違いないだろ」
 いつものように公安に丸投げしないのは何故だ、という追及に応じるのと、電話をする前に教えてほしかった、というアドバイスが横からかかったのはほぼ同時で、その後、何故か通話先と室内双方に沈黙が落ちた。
 急速に機嫌を傾かせているエンデヴァーの様子に緊張の面持ちになった部下達は一言も発せず、苦虫を噛み潰したような顔の男もむすりと黙りこみ、電話の向こうからも妙に冷ややかな怒気が伝わってくる。
「……エンデヴァーさんですか? 隣にいますけど、はぁ」
 通話を替わるように、と要請され、横に立つ男もそれが聞こえているかのように手を差し出してきたので、首を捻りつつスマホを手渡すと、妙に刺々しい応酬が始まった。
「……自分の本籍も知らんような抜けたヒーローになったのは、貴様らの教育のせいだと思うが?」
 教育は最高レベルのものを用意されたはずなので、悪かったのは育ち方だろう。子供でもないのに、己の本籍地を把握していないのはまずかったようだ、と翼を落とすと、しょげたのに気づいたフレイムヒーローが、片手を伸ばして頭をわしわしと掻き混ぜてきた。
「妙な手を出すなとはどういう意味……」
 今の己の手の所在が無意識だったらしい男が、気まずそうに手を引っ込める。
「いや、違う……何の話だ? 既婚? だから何が言いた……違う!」
 フレイムヒーローの声音が、ある一点を超えて唐突にヒートアップした。物理的にも炎を噴き上げかねない気配を察知して、大事な書類を素早く羽でさらって安全を確保する。
「結婚するのは! うちの部下と、ホークスのところの部下だ!」
 飛んでくる火の粉を避けて手元に避難させた婚姻届を見下ろせば、空欄の項目は証人欄の住所記載の部分のみである。
 両事務所の所員がいつの間にか結婚前提の交際をしていて、お互いの所長に婚姻届の証人の署名を頼んできた、それだけの話なのだが。
「あれ、もしかして俺が結婚すると勘違いされてました?」
 少し言い方が悪かったかもしれない、と今更気づくが、何故、責任者に代われとでも言わんばかりにエンデヴァーが電話対応しているのかが分からない。
「まあ、ウチのおっさんも、たまには叱られた方がいいから」
 気にしないでいい、とエンデヴァー事務所のベテランサイドキック達に言われて、首を捻りつつ、ホークスは調べた住所で空欄を埋めるために再度ペンを手に取った。

 事務所に人員が少なすぎる、としばしば上から言われるが、信頼できて仕事のできる人材がいれば雇います、と返せば、大体黙る程度の苦言である。
 少しだけ人材を育てるという概念が育ってきたものの、雄英三年生になったインターンの少年については、サイドキックとして入るのか、独立デビューするのか、卒業後の進路を当人の選択に委ねているところで、彼が入ってくれば三人目となる。
 人気度合からすると事務所規模が小さすぎると言われるが、ヒーロー業に関しては信頼できるサイドキックとバックアップスタッフがいれば事足りるし、本来のヒーロー活動とは関係ない業務については、上が押しつけてくる公的なものは最大限の協力を要請するし、芸能的な活動ならば外部のプロデュース会社に委託している。
 本業であるヒーロー活動が問題なく回っているのなら、それ以外の部分で人員を増やして事務所を広げる必要性がない。
 という認識を大きく揺るがしたのが、事務方のスタッフが相談したいことがある、と真面目な顔で申告してきた時のことだった。
 外部に委託している芸能プロデュースの窓口対応を、一手に引き受けてくれている男性スタッフである。日々大量に持ち込まれる超絶人気の若手ヒーローを起用したい企業の様々な企画を精査して捌き、予定などあってないような人気ヒーローのスケジュールを調整する、マネージャー業務を担当している。大変有能で、彼がいなければメディア露出の仕事をこなせず、若者に絶大な人気を誇るウイングヒーロー像は維持できない。
 だから、独立して起業したいなどと言い出されてもよいように、給与交渉の準備は整え、引き止められない場合でも経験を活かしたヒーロープロデュースの業界への起業なら、そのままホークス事務所のマネジメントを業務委託する、という心積もりでいたのだが。
「……結婚」
 まるで想定していない方向から叩きこまれた言葉を反芻しつつ、慌てて思考を巡らせる。
 三十代半ば独身男性、そういう展開も当然考慮すべきだったのだが、自身に全く結婚願望の持ち合わせがないため、言い出されるまで全く頭に過らなかった。
 世間一般において、被雇用者が結婚する際の対応とは、と悩み、ご祝儀、特別休暇、産休育休の確認、姓、住所の変更に伴う書類処理、と考えて、はたと気づく。
「えーと、お相手はどちらにお住まいで?」
「東京です」
「結構な遠距離ですね……」
「ホークスも僕も毎週出張しますから、ついでにデートとかしてました」
 なるほど、プロデュース会社との打ち合わせでしばしば東京出張をするついでに恋人とも会って、結婚に至る関係を築いたらしい。それはいいのだが。
「……結婚後のお住まいも決まってるんですか?」
「物件はまだ探し中なんですが、彼女も仕事は続けたいってことで、東京に住む予定です」
 これは寿退社フラグだ、と気づいて内心冷や汗をかく。パートナーが職場を動く気がなく、当人は有能でホークス事務所での前歴を引き下げて東京に出れば仕事に困ることはまずないだろう。
 彼に辞められると心底困るが、引き止められる材料が思い浮かばないし、引き止めていいものなのかも判断できない。
「その件でご相談なんですが」
「……はい」
「僕を東京勤務にできませんか?」
 覚悟していた辞職の言葉とは違う文言に、いつものレスポンスの速さの二倍をかけて意味を咀嚼する。
「東京で仕事続けるってことでいいっすか?」
「はい、元々東京での打ち合わせ出張が多いですし、ホークスも普段全国を飛び回ってるんで、やりとりはリモートが多いから、僕の活動拠点が東京でも問題はないと思うんです。参考までにこちら、僕のこの一年の出張スケジュールです」
 根拠データを提出されたが、見なくとも申告通りなのは知っている。
「全然それでオッケーです」
 このまま引き続き働いてくれるなら、全く問題ないし、なんなら東京に支所の一つくらい用意する。
 よかった、と安堵の息を吐くと、部下も同様に息を吐きだしていた。お互い、相手の出方に緊張していたようだ。
「いやあ、あなた、自分にそんな特別措置する価値があるとでも思ってたんですか、とか言われたら泣きながら辞めるしかないな、覚悟してました」
「言わんですよ!?」
 そうだろうか、という目を向けられて己を省みるが、そこまで人に厳しく当たった覚えはない、が、甘くもないので、確かに言い出した相手の能力によっては特に引き留めないかもしれない。
 ハラスメントをしているつもりはないが、比較的離職率の高い事務所ではある。
「……うちって、もしかしてブラックですか?」
「待遇はいいと思いますが、常に全力投球が必要なので、ちょっと心は折れやすいでしょうね。常闇くんが食い下がってきたの、本当に当人のガッツ以外のなんでもないですから」
「あれは反省してます……」
 後進を育てる気もないのに、若手人気一位のヒーロー事務所の初指名に意気揚々とやってきた、ヒーローを夢見る高校一年生の少年を情報収集に使い捨てにしかけて、色々とへし折った。職場体験終了後、部下達に青少年の未来を摘み取るな、と本気で叱られたのが笑い話にできるのは、少年がインターンに再挑戦してくる不屈の精神を持っていたからである。
 心折れたのかはよく分からないが、とても自分には務まらない、という理由で辞められることが多いので、もう少し部下に対する態度を改めた方がいいのかもしれない。
「いやホークスは今の無自覚傲慢なくらいで大丈夫ですよ。そういうのが大好きな人間が残りますから」
「傲慢って言い切ったじゃないですか!」
「エンデヴァー事務所を見てください、あの人を大好きな人しかいないでしょう?」
 咄嗟に反論できなかったが、あのNO.1と同レベルと言われたようで、やはり反省すべき点が多々ある気がしてきた。
「スミマセン、ほんとスミマセン。なんか業務改善要求あったら言ってください……」
 何でも言ってください、と顔を覆って呻くと、年上の部下は少し逡巡してから口を開いた。
「……業務とは関係ないんですが、もしよければ、婚姻届の証人欄にサインしてもらえないですか?」
 ピンとこない顔をしたのが分かったのだろう、素早く目の前に書類が広げられた。
「この項目です。借金の保証人とは違うので、サインしたからって負うリスクはないです」
 すぐにサンプル資料が出てくるのが、スピード重視のホークス事務所の一員らしい。テレビなどでなんとなく見た記憶のある書式の右側に、確かに証人欄という項目がある。
 結婚する両者それぞれの証人が必要となるらしい。軽く検索をかけて、特にこの項目に署名したからといって、結婚や離婚に伴うトラブルに責任を負うわけでもないと知る。
「普通はそれぞれのご両親が書くっぽいですけど、俺でいいんです?」
「恩師や上司にお願いする例も出てきたでしょう? 俺も彼女も親がいないんで、お互い職場の上司にお願いしたいと話していまして」
「まあ、俺でいいなら……」
 先方も上司に頼むのなら、バランスはとれているのだろう。この事務所の場合、上司の方が大分年下なので少し違和感があるが、それを理由に断るようなことでもない。
 少し戸惑いつつ承諾すると、両手でガッツポーズを作った部下に目を瞬かせる。特に法的拘束力も何もない署名に、そんなに意気込まれていた理由がよく分からない。
「そんな大袈裟な」
「だって、彼女の上司は他の部下の証人にも何度かなってるらしいんで、まず断られないはずですけど、うちは先例がないじゃないですか」
「結婚する人が出るのが初めてですからねえ」
 上司が婚姻届けの証人署名をする文化があるのも、今検索して知った程度の社会経験のボスで申し訳ないくらいである。
「今署名します?」
「いえ、これはただの見本なんで、ちゃんと書類を用意してからまたお願いするので、その時はよろしくお願いします」
「分かりました。ご結婚、おめでとうございます」
「ありがとうございます。できれば式も参加してもらえるとうれしいです!」
「結婚式……」
 どうにもこの関連の知識が貧困なため、イメージは教会で鐘が鳴って新郎新婦に花やら米やらを撒く図である。
「忙しいのは承知していますから、ヒーロー活動を優先してください」
「いえ、俺、そういえば結婚式って出たことないなあと」
 プロデビューする十八歳まではかなり特殊な身の上だったため、式に参列するような親族の持ち合わせもなく、この事務所で所員の結婚の話が出たのが今回が初めてで、式に呼ばれるほど親しいヒーロー仲間で挙式した者はいない。仕事上挨拶した程度の、特に親しみを感じていない相手に限って招待状を送りつけてきたりはするが、一律、欠席の返信をしておしまいである。
「頑張って出席するんで、俺のスケジューリングお願いしますね、マネージャー」
 初めての結婚式参列だ、と笑うと、任せてください、とマネージャーが頼もしく応じた。
 そう、和やかにその日は話し合いを終え、半月後のことである。
 今後の就業形態について話を詰め、ついでに東京拠点を作りたいと言い出したため仕事を余計に増やしたようで、マネージャーの上京がより増えた。
 だから、ホークスの東京出張に同行すること自体は当然で、芸能プロデュース社との打ち合わせの同席は本業である。打ち合わせ後にエンデヴァー事務所に顔を出すホークスについてくるのは少し珍しいが、No.1とのコラボ企画などもしばしば持ち上がるので、その関連だろう、と気にしなかったのだが。
 待ち構えた顔をしたエンデヴァー事務所のサイドキック達に応接室にわざわざ案内された時点で、違和感を覚えた。
 いつもならば、顔パスで所長室に乗り込むウイングヒーローを迎えたフレイムヒーローも、客の顔を見て奇妙な顔をしたので、わざわざ応接室に通したのは所長命令ではないようだ。
 お互い顔を見合わせていると、横に立っていた部下がすっと動いてエンデヴァー事務所側のスタッフ達と合流した。
「というわけで、お二人にはこれにサインをお願いします」
 目の前に広げられた書類を、まずミニポスターか何かと勘違いしたのは仕方ない。ホークスの赤い翼とエンデヴァーの炎が紙面の半分以上を占めていたのである。またプレゼント企画かと、気軽にペンを手に取って、何やら書類上側に記された申請書名に固まった。
 「婚姻届」とピンクのインクで記された文字列を三回読み直し、既にほぼ埋められた項目に目を走らせる。
 婚姻する両名の女性名には覚えがなかったが、男性名は馴染みがある。今日もここまで一緒に来たマネージャーその人である。
「えっと……?」
 同じく不可解そうな顔をしたエンデヴァーもホークスと同じ人物を見ているのかと思ったが、少しだけ角度が違った。視線を辿ると、マネージャーの横に立つ女性職員に向いているようだった。
「エンデヴァー、彼氏です」
「ホークス、彼女です」
 互いを示して紹介し、にこやかに婚約者です、と口を揃える。
「婚約者さん、エンデヴァーさんのところの人だったんですか……?」
「お互い、ボスのスケジュールを調整する関係で知り合いまして」
 彼女もエンデヴァーの秘書と広報の一部を担当し、似たような業務に携わるため、事務所間での連絡を取り合ううちに付き合いはじめたのだと説明される。
 横で話を聞いているエンデヴァーも驚いた顔をしているので、ホークスと同様に部下の結婚の報告は受けていても、詳細は知らなかったようだ。
「タイミング合いそうだったので、お二人に一緒に書いてもらえたらと思って」
「それはいいんですけど、なんていうか、普通、こういうサプライズみたいなのって、新婚カップルに向けてやるものでは?」
 婚姻届の証人達を驚かせる意味とは、と首を捻ると、カップルが趣味です、と口を揃えた。嬉しそうな笑顔で署名を促されて、まずエンデヴァーがペンを手に取って冒頭に至る。
 ホークスが署名を終えたところで、エンデヴァーも公安委員会との会話を切り上げたので、改めて全ての項目を埋めた婚姻届をカップルに手渡す。
 その後、嬉しそうに受け取った新婚二人による撮影会が始まった。婚姻届そのものの写真を何枚も撮ったあと、二人で広げて記念撮影もする。このために、普段使わない応接室に通されたのだと理解して、フレイムヒーローの事務所の応接室らしい装飾をバックに、証人として記念撮影に応じる。
 一生の記念、と喜ばれれば素直に嬉しい。
「役所に出しちゃうのもったいない……!」
 額装して飾りたい、と苦悶する彼女の様子には少し驚いて普段からこうなのかとその上司を見やると、エンデヴァーも目を瞬かせていた。
「エンデヴァー、ホークス、先に心構えしといてほしいんだが、この二人、上司ガチ勢だから、結婚式当日も覚悟しておけ」
「覚悟て」
「何のだ?」
 少し遠い目で忠告してきたエンデヴァーのサイドキックが、真面目に取り合っていないヒーロー達に対し半眼を向けると、花嫁になる女性が大事に捧げ持ったフルカラーの婚姻届を示した。
「あれは結婚情報誌の付録なんだが」
「あー、本屋で見るやつ」
 式を控えたカップルがまず購入するらしいもの、というふんわりとした知識があるが、あまりに派手な色味の届出用紙はやはり、綺麗な花とドレス写真などで彩られた雑誌の付録というよりは、児童向けの学習雑誌に付いてくるものに見える。
 ジョークグッズの類でないのが大変不可解だが、件の結婚情報誌に毎回付くオリジナルの婚姻届の、更に特別バージョンなのだそうである。
「で、その企画を押し通したのがあの二人だ」
「職権濫用では!?」
 トップヒーローのマネジメント担当者がタッグを組むと、こんなことになるらしい。
「推し活のソロウェディング特集特別号企画だったんで、そこまで無茶はしてません!」
「なんか全体的にすごく特殊なことになってない……?」
「トップ2の婚姻届が付録ってことで、推しと概念結婚したいタイプの人以外にも需要あったみたいです」
「うん、俺はどういう需要か分かってるけど、エンデヴァーさんが全くついてこれてないからその話やめよう」
 少なくとも、お互いの上司なので、この用紙を使って証人欄にトップ2本人の署名をもらって記念撮影できるカップルはこの世にこの一組しかいないと思う。
 この婚姻届で入籍したいヒーロー好きのカップルもごく少数いるかもしれないが、需要が別にあることは知っている。
 理解が追いついていない顔をしているフレイムヒーローだが、このNo.1はある日突然学習してきたりするので、なるべく目の前で話題にしたくない。
「とまあ、本物のガチ勢だ。当日も本気で来ると思うから、受け止める覚悟を決めておけ。確実にトップ2カラーで染め上げてくるぞ」
「いやいやいや……」
「ホークス、お前さん、結婚式出席初めてって言っただろ」
「はあ……」
 何故エンデヴァー事務所の人間がそれを知っているのだろう、と疑問に思いながらうなずくと、エンデヴァーの部下は深々と溜息を吐いた。
「花婿側がそれで俄然張り切ってる。お前の初めての結婚式のためなら、万難排して全力投球するぞ、あの男」
「いやあの、結婚式ってそういうもんじゃないですよ、ね……?」
 何かおかしいというか、結婚式とはカップルのためにあるはずだし、一般的には花嫁側の希望主導で行われるものではなかったか、と部下の婚約者に目を向けると力強く笑い返された。
「ホークスさんが喜んでくれると、エンデヴァーが喜ぶんで、何も問題ありません!」
「だからさっきから、このカップルは本当にガチだ、って言ってるんだよ」
「ええー?」
 うちの部下、こんなだっただろうか、と目を向けると、彼女と同様のとても良い笑顔が返された。
「……似合いのカップルだな」
 ぼそり、と呟いたエンデヴァーの感想が端的に全てを表していた。