キッチンドランカー準備号

キッチンドランカー準備号

【僕のヒーローアカデミア 炎ホー】
2020/11/29発行 完売
文庫p28/4Cオンデマ/200円

付き合ってもいないのに仲良く酒かっくらいながら料理する二人のへべれけごはん本、あさりの酒蒸し編。

サンプル文

 

事務所間のチームアップも回数を重ねて、仕事終わりに二人で食事をすることが増えた。元々、エンデヴァーは若手にしっかりと食事を摂らせなくてはならない、という思考をするようで、当たり前のように誘われたし、ホークスもよほどスケジュールが詰まっていなければ断らない。
互いの地元の贔屓の店を紹介しあって、美味い酒と肴でとりとめのない話をする。年齢は親子ほどにも離れていて、公共の場で仕事に関わる話題もできないのだが、意外と会話には困らなかった。
ホークスは長年憧れてきたヒーローとの会食を毎回非常に楽しみにしていたし、エンデヴァーもあの好悪のはっきりした男が毎度誘ってくるのだから、それなりに世代を超えた交流を楽しんでいるのだろう。
その日も東京で開かれた捜査会議に参加した後、エンデヴァーの所長業務が終わるのを彼の事務所で待っていて、コスチュームを脱いだ男が待たせた、と言いながらやってきたところだった。
プライベートのスマートフォンに電源を入れたエンデヴァーが、少し表情を変えた。
「すまん、ちょっと電話する」
彼の端末に直接メッセージを残すのはきっと娘の冬美だろう、と思った通り、その名を呼びかけたエンデヴァーの表情が険しくなる。
「個性事故? 児童のか?」
家族の会話なら少し場を外した方がいいか、と考えていたホークスは、その一言にぴたりと足を止めた。周囲で事務作業をしていたエンデヴァーのサイドキック達の纏う空気も緊張感が増す。
轟冬美は一般人だが、検挙数トップを長年維持しているエンデヴァーはそれだけ犯罪者の恨みを買っている。
フレイムヒーローの娘というだけで狙われる理由には十分で、サイドキック達の警戒感は一気に強まったが、父親の表情は一瞬警戒レベルを上げただけで、そこまで緊急の状況ではないようだった。
児童、という言葉が出たが、彼女は小学校の教諭である。
まだ己の個性を制御しきれず、技術的にも精神的にも幼い児童が個性を暴走させる事故は教育現場でしばしば起こるもので、個性の種類によって笑い話で済むものから深刻な事故まで様々だ。事件ではないかもしれないが、事故の可能性はある、と所長の様子を周囲が窺う。
「急遽、修学旅行……、それは大丈夫なのか? アサリ?」
謎の単語が飛び出してきて、ホークスは彼のサイドキックと顔を見合わせた。
修学旅行はまだ分かる。
小学校の宿泊行事で、泊まりがけの旅行という普段と違う環境下で児童が羽目を外して個性暴走なども有り得るし、監督する教師は大変だろう。年間行事として決まっているはずのことに、「急遽」という言葉が絡んだことも気になるが、「アサリ」の単語がよく分からない。
地名だろうか、と悩みつつ、感知能力の高い個性を使って電話の向こうの声も拾うか少し悩む。プライベートか、ヒーローに助けを求めるものなのかで対応が変わるのだが、エンデヴァーの態度はやや困惑気味だが落ち着いているし、冬美の声音は焦っているようには聞こえるが、ヒーローが介入していくような雰囲気でもない。
「……潮干狩り」
貝のあさりのことのようだが、ますます文脈が分からない。
修学旅行とは、潮干狩りをするものだったろうか。
「あー、今日は、仕事は終わったところだが」
ちらり、とこちらに目が向けられて、その少し困ったような顔で、今日の食事が流れそうな気配を察する。
残念だが、仕方ない。
適当に食べるものを買ってホテルにおとなしく帰ろう、と算段している間に父娘の不可解な会話が進む。
「明日には帰るんだろう? …………分かった、あさりは分かった、なんとかする」
落ち着け、と娘をなだめながら、エンデヴァーがホークスに向き直った。
「すまん、ホークス。ちょっと家に帰る用ができた」
「あ、はい、分かりました。ご無理なくー」
話の中身はよく分からないが、流れは想定内だったので、あっさりうなずいて店の予約キャンセル手続きをする。
エンデヴァーの少し残念そうな、かつ申し訳なさそうな顔というものが拝めたので十分である。
「……ああ、ホークスだ。……一応、この後の約束があったんだが」
通話はまだ繋がっていたようで、電話越しにホークスの存在に気づいた長女が、ひどく焦った気配があった。
『やだ、約束あったなら言って……! うちのことはいいから、そっち優先して!』
跳ね上がった声がこちらまで届く。
仕事の終わった父親に予定がないものと思い込んで家の用事を頼んだらしい冬美が、悲鳴じみた声で頼み事を取り消す。
「……あさりはどうするんだ」
『いいから!』
相変わらず、あさりの問題がよく分からないが、家庭内では緊急性のあるようだ。
「フユミ先生、俺のことは気にしなくていいですよー。店ももうキャンセルしたんで」
「そう、あっさりキャンセルした」
家庭を優先してほしい、とスマートフォンに向かって声をかけると、むすりとした顔でエンデヴァーが補足する。
そちらの都合が悪くなったのが理由なのに、何故予定変更を受け入れたことに機嫌を損ねるのか分からない。思わず唖然としている間に、うろたえた娘と機嫌の悪い父親の間で勝手に話が進んだ。
「……それは、まあいいが。…………あさりはどうすればいい? …………分かった。ホークス」
スマートフォンを差し出されて、戸惑いつつ受け取って耳に当てる。
いきなり家族の会話に巻き込まれても、どうしたらいいものか分からない。
「えっと……」
『すみません、ホークスさん! 今日、うちに泊まっていってください!』