Child on the Steps
【僕のヒーローアカデミア 炎ホー】
2019/02/24発行 完売済
文庫p96/4Cオンデマ本/500円
他、二編を含む炎ホー短編集。
サンプル文
先日、諸般の事情で相手の服を駄目にしたため、詫び代わりに誂えさせたスーツが完成したというので、当人に取りにくるように伝え、合わせて延期にしていた食事もするから時間を空けるように、と通達したところ、妙に身構えた態度でドレスコードを問うメッセージが返ってきた。
前に彼の本拠地で案内されたような店がよいかと思っていたが、せっかくスーツを作らせたのだから、それに合わせるのも一興かと思い直した。
タイ着用で、と返せば、やさぐれたような反応が返ってきて、己の子供と変わらない年頃の若手がそういった場にやや苦手意識を持っていることを察する。
今回、スーツを作る流れになったのも、彼が喪服くらいしかフォーマルなものを持っていないと嘯いたのが理由だった。
どうせ、ピンやカフスなどの小物もほとんど持っていないのだろうと考えて、やるならば徹底的にやろう、と決めた。
マンションのコンシェルジュから来訪の連絡が入り、少しして玄関のベルが鳴ったのでドアを開けると、目に鮮やかな緋色の翼を持つヒーローは、エンデヴァーの姿を目にして妙に嬉しげに笑った。
「わぁ、エンデヴァーさん、スーツカッコいい。撮っていいです?」
実に今どきの若者らしく、スマホを取り出したホークスに、やめんか、と唸ってカメラのレンズを手で覆って遮る。
「そんなことより、スーツはどうした?」
ドレスコードのある店に食事に行くと決めたから、スーツで待っていたというのに、当人はいつものチャラチャラとした雰囲気の服を着たままだ。
手に大きな紙袋を下げているので、そこに受け取ったスーツが入っているのだろうが、てっきり着てくると思っていたので、少々解せない。
「わざわざ脱いできたのか?」
仕立てた服は、ただ受け取るだけでなく、その場で試着して仕上がりを確認するものだし、そのスーツで食事に行くと決めているのだから、脱いで出てきて、またここで着替えるのは時間の無駄である。
「いや、一度着たまま店出たんですけど、出た瞬間、ファンの子に遭遇して……」
最近、ターゲットの年齢層を広げて更に人気を増やしている男なので、国内のどこを歩いても必ずファンに遭遇するだろうが、若さの割にファンの扱いに手慣れた彼が困るようなことはないはずだが。
「なんか、尋常じゃない悲鳴が上がって」
「尋常でない」
二倍近い年齢のエンデヴァー相手に好き放題煽ってくるような豪胆な男が、即座に店に逆戻りして服を着替える判断を下すような状況だったということである。
「貴様、どんないかがわしい服にしたんだ?」
「全部決めたのは、エンデヴァーさんですよねえ!?」
オーダーの仕方が全く分からないというので、型から生地の選択、ボタンに至るまで全て決めたのはエンデヴァーだが、仮縫いにも今日の試着にも付き合っていないので、どんな仕上がりになったのかは知らない。
注文通りならば、ごくオーソドックスなスーツになっているはずである。
とりあえず、いつまでも玄関先で話していても仕方ない、と上がるように示すと、神妙な顔で靴を脱いで上がってくる。
「あれ、ここってエンデヴァーさんしかいないんですか?」
「今日は後で息子が来るが、基本的には泊まり込み用の別宅だからな」
本宅は静岡にあるので、仕事で帰れなくなった際に寝泊りするための部屋だったが、No.1になってからは特に忙しく、こちらでの生活が主体となっている。
「拠点あると便利ですよねー、俺も東京に部屋借りとこうかなー」
「今の頻度で上京するようなら、用意しておいてもいいんじゃないか」
ヒーロー業でも全国を文字通り飛び回っている上に、エンデヴァーと異なり積極的に広告出演もしているホークスは、上京する度にエンデヴァーの事務所に土産と情報を落としにくるが、その頻度は呆れるレベルである。
「東京よく分かってないんで、部屋探すの手伝ってください」
「構わんが」
「えっ?」
厚かましく軽口を叩くくせに、こちらが了承すると驚く理由が分からない。
相も変わらず掴みどころに困る若者だ、と思いながら、まずはスーツだと紙袋を指す。
「どうなったんだ?」
「七五三みたいになりました」
「……着てみろ」
腕のいい職人に任せているので、そうそうひどいことになるはずがないのだが、何かオーダーミスをしたか悩みながら指示すると、紙袋から箱が幾つか取り出される。
「そういえば、なんかコートや靴まで揃ってたんですが?」
「スーツに合う靴なんぞ持っとらんだろう」
「革靴くらいありますよ」
「今回のスーツに合わんだろうが」
葬式にも着ていけるダークスーツしか持っていないと彼が嘯いたところから、立場と年齢に見合ったものを作ってやることにしたので、今回のスーツに合うものの用意があるはずがない。
「…………エンデヴァーさんって、スーツ作る度に靴買ったりしてないですよね?」
「毎回は作らんが?」
「そもそも靴もオーダーだった」
世界が違う、とぼやいて、諦めた顔で次の箱を出す。
「あ、シャツ、なんかスゴかったです!」
コロコロと変わる表情に、一つ瞬いて、凄いとは、と問うと、背の翼がぱたぱたと揺れた。犬の尾のような感情表現だろうか、と考えつつ、説明を促す。
「スーツって、羽動かしにくくて窮屈なイメージだったんですけど、動かしにくいの困るって言ったら、ヒーローコスレベルの可動できるのに、スゴいぴったりで、オーダーメイド半端ないっていうか!」
エンデヴァーは個性上、服に耐火性を最優先するが、ホークスの場合は背の個性の動きを抑制しないことを求めるらしい。
「俺、ここのシャツならあと何枚か欲しいです!」
これまで、ヒーロースーツ以外は既製服の背に翼を通す穴をあけて調整して着ていた若者は、完全なオーダーメイドでデザインされたシャツにかなり惚れ込んだらしい。
「追加で頼んでおくか?」
「……自分で頼みますから、買わないでください」
急に警戒の目になった理由が解せない。気分の浮き沈みの激しい若者である。
とりあえず着てみろ、と告げると、ジャケットとセーターを無造作に脱ぐ。
ヒーローホークスの象徴とも言える長大な翼の、彼の意のままに動く羽に痛覚は通っていないらしく、実に雑に扱われて服の狭い穴を潜り抜けた後、不意にぱっと四散した。
動画を一時停止したかのように、ぴたりと中空で静止した紅い羽に囲まれたまま、白いシャツを羽織って、背に僅かに残った翼の付け根をシャツのスリットに通した後、宙に浮いた羽がするすると戻って翼を形成する。
自身の個性に対しては扱いが雑なので、この丁寧さは仕立てたシャツに対する敬意らしい。
以前、エンデヴァーの事務所でTシャツに穴をあけて翼を通した際は、実に粗雑に狭い穴に翼を通していたが、こうして取り外してすぐに戻せるなら、その方が羽も服地も傷めないのではないかと思うが、どうやらただのものぐさらしい。
「いちいち並べ直すの面倒なんです」
羽の数を考えると分からないでもないが、見栄えも売っているヒーローなのだから、もう少し気を遣えと呆れると、シャツのボタンを留めながらへらへらと笑ってごまかす。
「あ、これ、ここのボタンだけ赤いの可愛くないですか?」
「……かわいい」
同意したわけでなく、言葉の使い方に世代差を感じての鸚鵡返しである。
彼の個性と同じ色のボタンを一つ、喉元に配置させたのは一種の洒落であって、可愛さを求めた覚えはないが、この若者がそれを表現すると「かわいい」の一言で終わるらしい。
「……エンデヴァーさんが『かわいい』とか言うと、破壊力が抜群ですね?」
「よし、可愛がってやるからこっちに来い」
口の減らない若造を、指の関節を鳴らしながら手招くが、警戒したようでシャツを羽織った鳥はふわりと浮き上がって距離を取った。
妙な緊張感を孕んで、このウイングヒーローの足首を掴んで引きずり降ろせるかを算段していると、不意に電話が鳴った。
またマンションのコンシェルジュからの来訪者の連絡で、今度は呼んでいた息子がやってきたらしい。通すように告げ、その旨をホークスにも伝えると、床に降り立って少し慌てたように残りのボタンを留め始める。
「ショート君です?」
「いや、上の兄の方だ」
「ええと、ナツオ君」
雄英生としてメディアに露出があり、エンデヴァーの息子として広く認識されている末っ子はともかく、エンデヴァーは他の子供達のことを表に出すことはない。長くトップヒーローとして活動し、検挙率最多を誇るエンデヴァーは、犯罪者達の恨みを多く買っている。
逆恨みが子供達に及ぶことがないように、彼らの存在はなるべく隠してきた。
それなりに付き合いの長いヒーロー仲間も、彼が既婚者であり、子供もいることくらいは知っていても、詳細は全く知らないはずだ。多くは焦凍を一人息子だと思っていることだろう。
「……よく知っているな」
低まったエンデヴァーの声にこもった僅かな怒気と疑念を察して、立てたシャツの襟で口元を隠すが、本当にうっかりなのか意図的なものなのか、ぽろぽろと言い零す割には、情報の入手経路を明かすつもりはないらしい。
じろりと睨む目をにこにこと見返してくる得体の知れない鳥の正体を見極める前に、玄関のチャイムが鳴った。
少し慌てた様子でスーツを着込み出したホークスを置いて玄関に向かい、ドアを開くと苦々しい顔の次男が立っていた。
挨拶の一言もなく、手にしていた紙袋を突きつけてくる。
「メーワク」
「……何がだ?」
苛々と叩きつけられた言葉は短く、不機嫌は理解できたが詳細は分からず、その理由を問うと、息子は簡単に激発した。
「アンタの忘れもん届けろとか、スゲー迷惑!」
「忘れたわけじゃない。用意をしたが、仕事で取りに戻る暇がなくなっただけだ」
「知るかよ!」
事件が重なって東京に泊まり込むことになったので、娘に用意しておいた品を送ってくれと頼んだところ、夏雄がちょうどこちらに来るから持たせると返事が返ってきた。
大丈夫だろうか、と思っていたが、やはり本人は非常に不本意だったようである。
家族の中で父親に対して一番激しい反発を見せる弟のことで気を揉み、関係を取り持とうとしての策だったようだが、却って逆効果でないかと思う。
「すまん」
「何がだよ!? 別に何も悪いと思ってもいないくせに、何謝…って……」
高まった声が急にトーンダウンして、どうしたかと思うが、その理由はすぐに知れた。
「こんにちは」
聞き覚えのない声に、不審な顔で振り返ると、グレンチェックのスーツを着込んで澄ました顔で笑うウイングヒーローが立っていた。
本人は七五三などと言っていたが、普段より数割増し大人っぽく見えた。しかし、声まで変わったのが解せない。
今のは、どうやらよそゆきの声らしい。
落ち着いた、大人びた男の声に、これまでのちゃらついた態度以外の対応もできたのかと半眼になるが、さらりと無視したホークスは玄関に立ち尽くした夏雄に笑いかけた。
「お邪魔しています」
「え……あ、ホークス、さん!?」
画面越しに見知った有名なヒーローの名を口走って、慌てて敬称を付ける。
「何でこんなところに!?」
「こんなところて、 No.1ヒーローの東京のおうちでしょ」
被った猫を早々に脱ぎ捨てて、ホークスが笑った。
「それは、そうですけど……、あ、何か父とチームアップですか? スーツ姿、初めて見ました、めっちゃカッコいいです!」
これまで見たことも聞いたこともない表情と声音をウイングヒーローに向けた息子を、ついまじまじと見やると、ぎろりと睨み返された。どうやら、第三者の存在で多少の体面を保とうとしたのと、その第三者がホークスであったことが大きいらしい。
そういえば、この最速最年少と持ち上げられる若造は、十代から二十代の若者に絶大な人気を誇るのだった、と思い出し、ちょうど息子がその年代であることを理解する。
次男が誰か特定のヒーローのファンかどうかは知らないが、少なくともヒーローホークスは憧れの対象ではあるらしい。
「えぇと、仕事ではなく……、え、俺、ここで何してるんだろ?」
唐突に自ら心折れた顔をしたホークスが、虚ろに宙を見つめ、代わりに次男の目に険が増した。
ウイングヒーローに何をした、と睨まれ、応じかけて説明に困る。
端的に言うと、うっかりホークスの服を燃やしたので、スーツを着せて食事に行くことにした、ということになるが、並べてみると因果が成立していない気がする。
この若造が何やら理解し難い言語で色々と言い募ったのが、途中に挟まるのだが。
「…………デート?」
「何でよりによって、その単語チョイスしたかなあっ!?」
理解を越える単語を父親から浴びせられ、凍りついた夏雄に代わって、今度はホークスが声を高めた。
「貴様が言ったんだろう?」
自分の認識している意味合いとは異なる用法が、彼らの世代にはあるのだと思っていたが、特に通じていないようである。
「言…い、ましたかね……?」
自分の囀りに責任感のない鷹が首を捻る間に、まだ固まっていた息子の手から紙袋を取り上げ、中からいくつか小箱を取り出す。
「ホークス」
指で招いて、おとなしく近づいてきた青年の顎に手をかける。
「は、い……?」
「動くな」
指示通り、ぎしり、と固まった男に、よし、とうなずいて小箱を開けて、中に収まったタイピンと瞳の色を比べて確認し、次の箱を開けていく。
赤みを帯びた琥珀色の瞳だと思っていたが、あれはエンデヴァーの炎を映した色だったらしく、上を向かせて光を入れると飴色に近い。色素が薄い分、感情でも左右される猛禽の瞳の色だ。
「これで」
「はぁ……、何だったんですか?」
「目の色に合わせようかと思ったが、こっちの方がかわいいんだろう?」
赤い石の填めこまれたピンを示すと、何度か無意味に口が開閉し、周囲を見回し、助けを求めるように夏雄を見上げたが、まだ思考を停止している様子に諦めたらしく、大きく息を吐き出しながら、はい、と応じた。
「お借りします」
「やる。俺は使わん」
「…………ええと」
困った顔を無視して首元に手を伸ばし、タイを一度解いて巻き直す。
「あれ、結び方おかしかったです?」
「いや、基本の結び方は合ってるが、スーツをクラシックに作ったからな、結び方も……」
ウィンザーノットで結びかけたが、ちらりと頭一つ小さい若者を見下ろし、巻きを変えてセミウィンザーノットに変更する。
片手で掴めるサイズなのは認識していたが、頭が小さいのであまり結び目を大きくすると似合わなくなる。
タイピンを挿し、対になっているカフスボタンを取り出し、腕を上げさせ、ボタンをはめていた袖口を外させる。
「この時計は?」
今時の若者がよく付けている、大型の腕時計である。文字盤に鷹の頭の意匠が入ったそれを、街中のポスターで見かけた記憶がある。
「モデルやってるブランドのです。俺のイメージの限定モデルなんですけど、カジュアルすぎます?」
「駄目ではないが、大型で分厚いから袖口に引っかかる。それは、専属契約で必ず付けていないといけないのか?」
「いや、そこまで契約の縛りはないです」
ならば、と今している時計を外させ、紙袋から別の小箱を取り出し、薄いケースの腕時計をその腕に巻きつけて顔をしかめる。
痩せているわけではないが、限界まで鍛えたエンデヴァーの腕と比べると、半分の太さといっても誇張ではない。ベルトが余るというより、二重に巻けそうなくらいだが、そういうわけにもいかない。
諦めてもう一つの箱を開けて、金属ベルトの時計を取り出す。
「革ベルトの方がフォーマルなんだが」
「え、そうなんです?」
逆だと思っていたらしい若者に、黒革が正装、と教えながら、手を下に向ければ抵抗なく落ちる程に余ったベルトの両端を摘んでみて確認し、一度手首から外す。
爪の先で連なった金属ベルトの一部を焼き切り、切断した部分を高熱で無理やり溶かして繋ぎ、逆側も同様にする。
熱されたベルトが、少し冷めるのを待って、改めて若者の手首に嵌めて、ベルトの切れ端をその手に乗せる。
「無理やり切ったから、今後も使うなら店に持って行って直せ」
「ええと、これ……」
「やる」
使っていないものだから持って行け、と告げると、非常に嫌そうな顔で文字盤を見やり、ブランドロゴを読みとって額を押さえる。
「待って……、俺、今全身でおいくら……?」
何を言っているのかと、ほとほと呆れる。
「いや、エンデヴァーさんはそういう顔しますけどね、俺は基本庶民なんです! 無理に高価なブランド物で固めても、めちゃくちゃかわいそうなことになるんです!」
「中身が見合ってないならともかく、貴様自身の方がよほど価値が高いだろうが。今は適当な格好をしても、若さで許されているだけだ。自分の価値に相応のものを身につけ慣れていないと、後で恥をかくことになるのは貴様だぞ」
どうにも自分の価値の見積もりの甘い若造に呆れると、非常に珍妙な顔をして無意味に口を開閉させた後、やおら夏雄を振り返る。
「エンデヴァーさんって、いつもこうですか!?」
「え……あ、や、よく分かんないですけど、うちの親父がスミマセン!」
No.2に詰め寄られて、ようやく我に返った次男が、即座に父親に非があると決めつけて謝罪する。
「ええと、親父が何か……?」
「……俺の今のカッコ、全部エンデヴァーさんプロデュース……」
逆のはずなのに、どうしてこうなった、などと訳の分からないことをぼやくホークスの全身に改めて目を走らせた夏雄が鋭い目を父親に向けた。
「何やってんだよ、あんた?」
「……これが、スーツを持ってないと言うから」
「No.2を、あんたんとこのサイドキックと一緒にすんな! あんたが余計なことしなくても、必要になったらちゃんと買うに決まってんだろ!」
「必要になってからでは遅いだろうが!」
ホークスも夏雄も似たようなことを言うが、まだ一般的な体型の次男は、既製服の店に当日駆け込んでもどうにかなるかもしれないが、背に調整が必要となるウイングヒーローは下手を打てば間に合わない。間に合ったとしても、実際の翼の形状に合わせていない、ただ背に穴を開けて調整したようなものでは様にならない。
「No.2にみっともない格好をさせられるか」
「あんたの価値観で決めつけんじゃねーよ!」
言い合うごとに高まっていく息子の声に、どうしたものかと思いながら、ちらりとホークスの顔に目を走らせると、てっきり笑っているかと思った小生意気な若造は、ひどく困った顔をしていた。
狼狽えているといってもいい。
他人の家の親子の諍いを目の前で始められたら困るのは当然だろうが、もう少し他人の事情に無関心かと思っていた。
「…………スイマセン」
夏雄もばつが悪そうに謝罪して、改めてホークスの全身に目を走らせると、父親を睨んだ。
「……あんたの趣味?」
「そうだが」
「古臭い」
先程、格好良いと目を輝かせていた気がするのだが、指摘すると更に怒りを招くのだろうと、とりあえず何も言わず考え込む。
明るい金茶の髪色の上に、背に鮮紅色の大きな両翼があるので、あまり冒険はせずに普段のヒーロースーツとベースの色が変わらない薄い茶色ベースのグレンチェックのツーピース、タイは無地のチャコールグレー、全体的に英国式にクラシックにまとめたので、その印象で間違っていない。
基本的に軽薄な印象が強いため、下手に細身のダークスーツなど着せた日には、水商売の男のようになるのが目に見えていたので避けた。
実年齢が大学卒業したばかりの新人と同じなので、同世代の若者が着るような形の紺や黒のスーツでは、就職活動中の学生か、新社会人にしか見えなくなる。年齢で判断され侮られないように、古典的なスタイルで明るめの色と柄のフォーマルとカジュアルの境くらいのものを選択したつもりだが。
似合うものを、とオーダーを決めていく際に、スポンサーとの会食に着るようなきちんとしたもの、という当初の目的が抜け落ちていたことに気付く。
このスーツでも問題はなかろうが、少し雰囲気がカジュアルかもしれない。
「すまん、ビジネス向きにしなかったな。もう一着用意しよう」
「なんか考えた末に、よく分かんないとこに着地された!?」
「いや、つい趣味で可愛く作りすぎた」
悪かった、と謝罪すると、ウイングヒーローは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
時折、妙なところで大仰な反応をする若造の思考回路が今一つ理解できない。
「あの……、おたくのお父さん、いつもこうですか?」
「スイマセン、本当に頭おかしくてスイマセン……」
世代の近い二人が揃って何やら沈痛な面持ちでいるのが解せない。
ホークスは長女と年齢が一緒なので、次男より三歳ほど年長のはずだが、並ぶと夏雄の方が背が高いので、あまり年上に見えない。
なんとなく二人を見比べていると、視線に気づいたホークスが夏雄を押しやってきた。
「スーツは余所の同業にじゃなくて、息子さんに作ってあげてください」
まだ早いだろう、と一瞬思ったが、そういえばもう高校は卒業したのだったと思い出す。
「……おまえも作るか?」
「いら……ッ!」
反射的に突っぱねようとした夏雄が、背後の若手人気一位のヒーローの存在を思い出して口ごもる。
「あんた、趣味悪いし……」
大分トーンダウンした拒否に、少し考え込む。
「これのスーツを仕立てたところなら、自分の好きに作れるが?」
「夏雄君、騙されちゃ駄目だ。自由すぎて初心者には難易度高すぎる罠だよ。最近よくある三万円で作れるパターンオーダーとかと訳が違うよー」
後ろから鷹が余計なことを囀る。
「俺は最終的にエンデヴァーさんに丸投げしました。ぶっちゃけ、無理」
No.2の言葉は非常に素直に聞き入れるらしい夏雄が警戒心に溢れた目をこちらに向けてきたので、近々問答無用で店に放り込むと決める。
一緒に羽の生えた若造も、もう一着作らせるために放り込めばちょうどいいだろう、と算段していると、不意に携帯が鳴った。
「すまん、事務所からだ」
学生の次男と大差ない雰囲気だったホークスの顔が、その一言でスイッチを入れたように切り替わる。
緊急か、と目で問うてくるのに、出動要請のコールではない、と首を振って応じて通話のために奥に引っ込む。
事務方からの少々急ぎの問い合わせに指示を出し、事務所の状況を確認して電話を切るまでそれほど時間はかからなかったはずだが、玄関口に戻った時にはもう次男の姿はなかった。
「彼女とデートの時間だそうです」
逃げたか、と考えたのを察したように、ホークスが笑って言う。
「クリスマスのイルミネーション見に行くらしいんで、鉢合わせしないように避けてあげてくださいね」
「……そんなことまでアレは貴様に言うのか?」
「デートの話なんて、むしろ家族には言わんでしょ。俺、なんか遊んでそう認定されがちなんで、ちょっとアドバイス聞かれただけです」
スーツ姿で大分真面目そうに見えるようになった青年が、少し困ったように苦笑するのを見下ろす。
まだややチャラついているので、耳飾りを外させ、眼鏡でも付けさせて髪もきっちり固めてやろうかと考えつつ、疑問を口にした。
「遊んどるのか?」
「ご想像にお任せします」
人気ヒーローのお手本のような回答に、なるほど、とうなずく。
デビュー直後から名の売れた、見栄えのいい翼の個性の実力派ヒーローは、テレビや雑誌でアップに耐える程度に見目もよい。
斜に構えた態度は生意気だが、毒舌気味の歯に衣着せぬ言動が若い層に人気らしい。
当人は庶民だなどと宣うが、No.2の立場と、メディアへの露出頻度を考えれば、彼の方こそ高額納税者だろう。
加えて、独身のまだ二十代前半となれば、非常にモテるはずだ。
その立場を享受するかどうかは、また人に拠るのだが。
この見た目も経歴も派手派手しい生意気な若造の、実際の中身が異なるのは理解し始めている。
「そう言うエンデヴァーさんは、どうなんです?」
にっこり笑いながら聞き返して話を逸らす手口は、非常にマスコミ慣れしている。
エンデヴァーの場合は、もう礼を欠いた質問自体をさせない空気を作っているし、事件に無関係なプライベートの質問など、全て黙殺するやり方で通している。
ヒーロー同士のやりとりでも、エンデヴァー相手に軽口を飛ばしてくる者は限られるので、この手の問いは非常に久しぶりに向けられた。
「俺は貴様とは違う」
「ああ、はい、でしょうねー」
「貴様と違って、俺は何も言わなくとも勝手にストイックだと思われるんだ」
「…………エンデヴァーさん、実際のところは?」
「想像に任せる」
にやりと笑ってみせると、一瞬虚を突かれた顔をしたホークスが、ずるい、と妙に子供じみた顔で喚きだした。