SOS

SOS

【僕のヒーローアカデミア 炎ホー】
2019/12/08発行 完売済
文庫p24/1C/コピー本/200円

大規模な合同レスキュー訓練に参加するエンデヴァーとホークス。 エンデヴァーは前回、前々回と活躍しすぎて、ハンディキャップとして個性使用を制限されたホークスと訓練に臨むことになる。

サンプル文

 

 訓練日は、快晴だった。
 空が高く澄んでいる分、冬の大気は冷え込んでいた。エンデヴァー自身は炎熱の個性上、寒さはあまり気にならないが、他のヒーロー達の活動には影響するだろうか。
 脳裏に過ぎったのは、寒さに弱いわけではないのだろうが、遮るもののない空を往くため、防寒を優先したコスチュームを着こんだ若者の姿で、今回は関係なかろうと、振り払いかけた最近脳内に常駐するようになった若造が、現実にも声を響かせた。
「あ、エンデヴァーさん!」
 ぱたぱたと軽い足音を立てて駆け寄ってきた見慣れてしまった若造の姿に、彼の本拠地がどこなのか忘れそうになる、と半眼になる。
 気づくと上京して気軽に目の前に降り立つホークスが、今日は珍しく二本の足で走り寄ってきて、へらりと笑った。
「あったかー」
「人で暖をとるな」
 近寄り難いフレイムヒーローに手をかざしてくる傍若無人に軽く拳骨を落とす。
「エンデヴァーさんも今日の訓練参加されるんです?」
「ああ」
 毎年この時期に開催される、プロヒーロー合同の大規模なレスキュー訓練である。エンデヴァーは事務所から数名サイドキックを出す程度で、自身は例年参加していなかったが、No.1となって初の合同訓練ということもあり、他のプロヒーロー達の動きを確認しておきたいという目的もあって、今回は参加を決めた。
 九州からわざわざこのウイングヒーローが参加に来ているとは知らなかったが、災害現場でも有用な汎用性の高い個性の持ち主は、有事には飛び回っているようなので、こういった大規模な訓練の参加も大事なのだろう。
「……羽はどうした?」
 その、便利な個性がほぼ見当たらず、以前改人との共闘の際にエンデヴァーが燃やし尽くしたときと同様に、付け根に僅かに羽毛を残した姿に眉をひそめる。特に何の情報も聞いていないが、ウイングヒーローが個性を使い果たすような事件があったのだろうか。
「いやぁ……」
 笑ってごまかす気配を察して、じろり、と睨むと降参を示すように両手を軽く上げる。
「今回の訓練、俺は個性使用不可なんで外してるだけです」
「使用不可?」
 エンデヴァーの炎熱の個性自体は救助に向かない。
 火事災害ならば、熱への耐性で多少他のヒーローよりも動けることもあるが、大概の災害では火気厳禁の状況であることが多いので、単純に身体能力だけでの活動に制限されてしまう。
 ホークスの個性は、そういった制限とはほぼ無縁だ。エンデヴァーとは逆に、火災現場では少々分が悪いかもしれないが。
 振動感知で瓦礫の下敷きになった要救助者の数の把握はもちろん、呼吸や拍動で優先順位もかなりの精度で見極められるというし、瓦礫の狭い隙間にも入り込める剛翼は一枚でもそれなりの重量を支えられる。探索、救助、搬送が一人でできる上に、それらを同時並行で処理が可能という、災害現場で大いに実力を発揮する非常にハイスペックな個性である。
 それを訓練の場で制限してどうするのだ、という顔をしたエンデヴァーに、ホークスが目を泳がせる。
「ええと、俺はこの訓練災害発生の前に別の敵と戦って、剛翼の大半を消失した、って設定です」
「ホークス」
「まあ、そういう事態もありえますよねーっていう」
「ホークス」
 同じ呼びかけに加えて、明るい色の髪の上に手を置く。冷え切った髪に、熱を加えていくと、小さくなった翼がばさばさとはばたくが、宙に浮く程の力はないらしい。
「いや、あの、去年ちょっとやりすぎて、物言いがつきまして」
「物言い」
「剛翼の個性ずるいから、制限付けろ的な?」
「…………何をした?」
 この若造は、非常に有能である。
 ただ、態度が実に生意気な年少者のため、同業者の反感を買いやすい。正当な怒りの場合も、やっかみのこともあるのだろうが。
 この、怒られる、という顔からして、何かやらかした可能性が非常に高い。
「……去年は都市部の地震災害設定の訓練だったんです。都市のヒーロー密集地域ってことで、災害直後から駆けつけたヒーロー達とどう連携して救助を行うか、便乗犯罪を起こす敵にどう対処するか、判断や行動をポイント制で評価する形式の」
 一番よくあるパターンの訓練である。
 実戦形式なので、これ以外のパターンが作りにくいというのもある。
「それがどうした?」
「ここでのポイントも、一応ヒーロー活動実績の評価に含まれるんで、零細ヒーローは結構切実らしいんですね」
「らしいな?」
 事件対応件数の多いエンデヴァー事務所に所属していれば、サイドキックでも訓練上の評価点など歯牙にもかけないが、駆け出しのヒーローにとっては大事な点の稼ぎどころになるのは知っている。
「……まさか、下位ヒーローに点が回らないレベルで救助したのか?」
 馬鹿馬鹿しいことだが、彼の能力ならそういうこともあるかもしれない。そんな馬鹿げた理由で、翌年の訓練にハンデを要請した連中も、それを受け入れた公安もどちらもレベルが低い。
「一応聞くが、具体的には何をした?」
「……開始三分で、救助完了させました」
 目を逸らしながらの回答を数秒かけて吟味し、手を置いたままだった頭を掴み直して正面から目を合わせる。
「もう一度」
「開始三分で救助を完了させました」
 聞き間違えはないらしい。
「ホークス」
「都市部の災害想定のくせに、HUCの動員が去年少なかったんですよ! 三十名くらい、すぐ終わるじゃないですか!」
 要求助役の数が少なく、ホークスの個性ならば一気に探索から救助まで済ませられる規模だったらしい。彼の能力と性格からして、そこで他のプロヒーローがのろのろと救助者の探索するのを待ってやる義理もなかったのだろうが、誰にも手を出す暇を与えず訓練を終わらせてしまっては、そもそも訓練にすらならない。
「プロヒーローでしょ。みんなで仲良く訓練しましょうね、って何ですか、それ。ポイント稼ぎが必要なら、もっと本気でやればいい。本気でやって、俺に先を越されるならそれだけの話だ」
 すっと冷えた金色の眼に、こういう男だったと思い出す。
 生意気で不遜、そしてその振る舞いが許されるだけの実力がある。
「まあ、その救助者人数で都市部の自然災害というのは、公安側の設定ミスだな」
 くしゃくしゃと髪をかき混ぜてやれば、少し戸惑った顔をする。
「それはそれとして、謝罪は謝罪できちんとするように」
「痛い熱い痛い! 去年はちゃんと俺抜きで訓練やり直したんだし、いいじゃないですかー!」
「その態度だ!」
 全く、と無駄に敵を増やす傾向のある若造に嘆息すると、エンデヴァーにだけは言われたくない、という顔をしていたので、その生意気な顔を両手で掴んで熱しておく。
「熱い熱い熱い! 個性なしで訓練参加しなくちゃいけないんだから、体力消耗させないでください!」
「つまり俺と同条件だろう」
「この体格差で何が同条件ですか!」
 よく囀る鷹をいなしながら、周囲の様子を窺うと、通常こういった訓練に参加しないエンデヴァーの存在に対する戸惑いや畏怖が二割、二倍の年齢差のあるNo.1、2のやりとりを目にした驚きが三割、残る半分が昨年訓練で一騒動起こしたウイングヒーローに対する反発や敵愾心、その他といったものであるようだった。
「今年はおとなしくしてろ!」
「去年だって別に暴れてませんー」
 やかましい、と叱りつけると、む、とむくれた子供のような顔をしたホークスは、幼児じみた仕草で口のチャックを閉めるジェスチャーの後、訓練開始の時間になるまで黙りこくった。