一年間荒東(2016ver.) - 1/12

◆1月

 三が日の最後の雪の予報に、予定より早い電車に乗ったものの、やはり大幅に電車が遅れ、通常より本数の少ない学園へのバスの接続もうまく行かず、うっすらと積もりだした道に難儀してようやく帰り着いた箱根学園の寮の前で、荒北はチームメイトに出くわした。
「寮ならまだ開いてないぞ」
「ンでだよ?」
「鍵を持っている職員がまだ辿りつけてない。学校の図書室開けてもらったから、閉め出されてる寮生は皆そっちに待機しろと」
 入口の張り紙を指して言う。玄関脇に積んであるバックパックやスポーツバッグの一山は、既に校舎に向かった寮生達が置いていったものらしい。
 雪の降る中、いつ到着するとも知れない鍵を待って立ち尽くすのは嫌だ。校内なら暖房は付いているし自販機くらいは動いているだろう。自分も荷物を置いて向かうことにして、白のロングダッフルコートなる、どういう趣味なのかを聞くのも面倒なカチューシャ頭の男と並んで歩く。
 正月の間、何をしていたのかだとか、駅伝は見たかなどととりとめなく喋り続ける東堂に適当に生返事を返していると、不意に東堂が道を逸れた。
「どこ行くンだよ?」
「初詣」
 ついてくるか、と問われて一瞬悩んだ。
「フクと隼人なら、小田急が止まってていつ着くか分からんそうだ」
 図書室に向かっても、話ができるような相手はいないらしい。本をおとなしく読む趣味もないので、一応話ができなくもない素っ頓狂なクライマーに付き合うことにした。
 ついて行く、と告げると少し驚いた顔をして、妙に嬉しそうに笑う。
「箱根神社?」
「天気が良くてチャリに乗れるか、交通機関がまともに動いてたら、そっちでもいいけどな」
 この地域で一番有名な芦ノ湖湖畔の神社の名前を出すが、今日は危ないから近場で済ませると言われる。
 歩いていけるような近所に神社などあったか記憶になく、首を捻るが東堂は迷いない足取りで、まだ誰も踏み入っていない道にさくさくと足跡を残して行く。学校の外に出て行くつもりではないようで、首を捻りながらちらちらと雪の降る中、白いコートの背中についていく。
「こんなとこあったのか」
 広い学校だとは思っていたが、これまで来たこともない敷地の奥に、こじんまりとした小さな社があった。
「学校が建つ前からあるんだそうだ」
「何の神様?」
「知らん」
 案外いい加減だった東堂に呆れるが、学校を見守ってくれているんだから御利益はあるだろうと屁理屈をこねくり回されて諦める。別にこだわりもない。
「お参り前に、ちゃんと手を清めろよ」
「……洗い場ねェんだけど」
 本当に社と小さな鳥居があるだけの場所なので、参拝客を前提とした手洗い場など設置されていない。
「水道が……どこだろうな?」
 大分雪の積もった社の周囲に困った顔をした東堂が、手袋を外して積もった雪を掬った。
「雪ぐというし、これでいいんじゃないか?」
「雪って別にきれいじゃねーぞ?」
「お前、神社の手水場の水が衛生的だとでも思ってるのか?」
 また屁理屈をこねて、雪を頬張った東堂が冷たいと笑った。なんとなく釣られて手に掬った雪を口に含むと埃の味がする。両手で雪を擦って洗い、氷片を払い落とすと、同じくかじかんで赤くなった手で東堂が柏手を打っていた。
「荒北が無事進級できますように」
「ッセェ!」
 声に出して何を願うかと思えば、鬱陶しいことを言うチームメイトの頭をはたく。
「何をする! ここは箱学のお社だぞ、お前の進級をお願いするには一番だろう!」
「東堂が人間社会でやっていけますよーに!」
「どういう意味だ!」
 その後はなし崩しで罵り合いが雪の掛け合いになり、互いに雪をぶつけながら走り回って、寮が開いて風呂に入れるまでに時間がかかったため、二人して風邪をひいた。