探偵は池袋にいる。

探偵は池袋にいる。

【デュラララ!! シズイザ】
2018/08/11発行
文庫p64/オンデマ4C/400円

探偵シズイザ未来捏造話。二人がなんかくっついて探偵事務所やってます。

サンプル文

 

『私達、結婚しました!』
 ついうっかり、そう誤読してから、岸谷新羅は眼鏡の位置を直してもう一度葉書を見直した。
「あ、起業か」
 しかし葉書の作りそのものが、結婚を知らせる葉書の定番の構図を踏襲しているので、明らかに故意だろう。二人とも揃いのダークスーツで、背の高い男は少し硬い表情をしているが、もう一人は柔らかく、幸せそうに笑っている。
『新羅ら! こりは一帯どういうこtなんだ!!!!?』
 動揺のあまり、誤字だらけのモバイル端末を突き付けてきた恋人のデュラハンに、葉書を矯めつ眇めつしていた新羅はそこに書かれている情報と、書かれていない情報について吟味し、途中で思考を放棄した。
 この葉書に印刷された二人の人物はどちらも新羅の旧友だが、その片方の人格破綻ぶりは年々悪化しているので、その意図を察しようとするだけ無駄である。
「この葉書をそのまま信じるなら、静雄と臨也が二人で探偵事務所を開くらしいね。開業はこの連休明け、事務所は池袋、事務所の名前は池袋ダラーズ探偵事務所。うん、どう考えても性質の悪い冗談だね。本気の可能性が高い辺りが特に」
『だがsかし、静雄とイザヤだぞ!?』
「もう三十路も過ぎたんだし、そろそろ落ち着いてもいい頃だよ。むしろ出会ってから二十年近くも、よく相手を死なせずに本気で殺し合ってきたもんだ」
『それはそうかもしれないが、しかしこれは何がどうなってどこに落ちて着いたんだ?』
 十五歳の春に出会って以来、互いに虫が好かないという根源的な理由で、ひたすら奈落を落ち続けるような殺し合いの末に、どこに着地してこうなったのかが謎である。
『やっぱりこれは臨也の嫌がらせで、写真はCGじゃないか? 最近のCG技術は凄いからな、アポロ11号の月面着陸とか』
「1969年にCG技術は確立してないよ、セルティ。それにしても……」
 言いさしたその時、マンションのチャイムが鳴った。
 インターホンのモニターを見れば、まさに話題の渦中である平和島静雄が、何故かせいろを抱えて立っている。数年前からトレードマークだった金髪をやめ、バーテンダー服も着なくなった。その背後にちらりと見える折原臨也は、まだ黒ずくめから脱却していないので、静雄の方が少し早く大人になったとも言える。
「まさかこの二人が、仲良く揃ってうちに来るなんてことになるとはね」
 白衣に包まれた肩をすくめながら、新羅が級友二人を出迎える。
「やあ、静雄くん、蕎麦屋でも始めるのかい?」
「いや、探偵」
 真顔で返した静雄に、がっくりとデュラハンは肩を落とす。どうやら、本気らしい。
「それで、その蕎麦はなんだい?」
「開業の挨拶に持ってくもんなんだろ?」
「それは、普通引っ越しの挨拶だと思うけど」
 新羅の指摘に凄まじい勢いで静雄が背後を振り返ったが、その眼光に一筋も動じずに臨也はにこりと笑んだ。
「これから末永くよろしくお願いします、って意味だし、『そば』は『側』の意味もかかってるから、人に密着して活動する探偵業の挨拶としては妥当かなって」
「……そうか?」
 丸め込まれた、とカップルの見解は一致したが、それを指摘すると玄関先が大惨事になりかねないので、二人とも沈黙を守る。
「ま、せっかく粉から挽いて打ったからよ、食べてくれ」
「静雄が!?」
『粉からだと!?』
「面白かったよ、石臼の動きが尋常じゃなくて」
 驚いた二人に、何故か静雄ではなく臨也が答える。少し前までならば、臨也が何かそうやって横から賢しげな口を利いた瞬間、静雄が沸騰していたものだが、二人の関係も随分と変わったものだ。
「……まあ、入りなよ」
 話もしたい、と嘆息しながら新羅は玄関の戸を大きく開いた。

 めんつゆまで持参していた無駄に用意の良い訪問客と、家主の男の三人だけで黙々と蕎麦をすすり、その間口を持たないデュラハンは黙ってソファに腰かけて、その様子を眺めていた。
 新羅の顔は毎日見ているし、昔からあまり顔立ちが変わっていないので新鮮味はないが、他二人は随分と様変わりした。
 静雄はまず外観が大きく変わったが、中身も大分落ち着いたようだ。折原臨也の存在に苛立たなくなったというのが一番の原因だろう。怒りの最大の要因が解消されたことで、理不尽なほどに極端な短気を見せることも減った。
 対する臨也はというと、元々量り難い人間性だったので、変わったのか演技にすぎないのかが判断し難い。黒っぽい色の服を好むのは変わらず、秀麗な顔もさほど変わってはいない。ただ、その動作が大きく変化したために、受ける印象が全く違った。以前の彼は静雄がノミ蟲と呼称したように、どこか子供じみた仕草で跳ね回り、立ち止まっている時でもいつでも動作に移れる俊敏さが感じられたが、今その動きはひどく重い。
 まず、最初に目に付くのは手にした杖で、バランスの良い痩身は歩くとその右足の動きの不自然さが際立つ。今座っているソファに腰を下ろす時も、静雄が杖を受け取り、その肘を掴んで支える間に右膝を両手で折るようにして曲げ、やっと座っていた。
 その補助の自然さに、デュラハンは存在しない目を瞠ったものだが、長年彼らの不和に互いの友人という立場で付き合ってきた新羅は表情を変えなかった。
 折原臨也が杖を突いた姿で目撃されるようになったのはここ半年ほどのことで、何があったのかをセルティは知らない。同時期から、その横に静雄が立つようになった理由も知らない。
 様々な憶測が囁かれ、ネット上ではデマが飛び交ったが、当人達は黙して語らず今に至る。少なくとも、二人がこれまでの殺し合いを止めることにしたのは確かで、その結果が今回の探偵事務所の開業なのだろう。
『何がどうしてそうなった?』
 手持無沙汰に端末に打ち込んでみて、誰にも見せずに独り言として削除する。
 その件に関して、二人が絶対に口を割らないことはこの半年で理解している。これまでの経験上、何か静雄が騙されていないかセルティは心から心配していたし、胡散臭い杖の存在についても疑っている。
 その疑惑を恋人にぶつけてみたところ、ブラフかデコイのどちらだろうね、という二択の答えだったので、つくづく信用はない。
「美味しかったよ、静雄。開業するなら蕎麦屋にしたら?」
 箸を置いて、そう告げた新羅の言葉は、どちらかといえば早まるなという警告だったが、静雄は察しなかった。
「職人ってのもちょっと憧れるけどなあ。探偵は昔からなりたかったしな」
 照れたように頭を掻く友人が、騙されている気がしてならない。
「また、何で探偵?」
「シズちゃんがやりたいって言うから」
 あっけらかんと答えたのは臨也だ。
「昔とった杵柄で、情報収集のノウハウはあるし、裏社会や警察に今でも有効なコネクションがある。資金も問題ないし、実働は体力馬鹿のシズちゃんがやる。暴力的なトラブルはシズちゃんが回収できる」
「それで、君は安楽椅子探偵を気取るって?
「あまり自由の利く身体じゃないからね」
 仕方ない、と肩をすくめてみせる。
「それで、探偵事務所っていうけど、具体的に何をするつもりなんだい?」
「ごく一般的なことさ。素行調査、浮気調査、心霊調査、殺人事件の捜査、家出人探し、仕事がなければペットも探すかもね」
『待て、途中に何かおかしなものが混じってたぞ!?』
「デュラハンが昼間から普通に走り回っているこの街で、人外関連の依頼を想定することの何がおかしいんだい?」
「現実の探偵って、殺人事件の捜査はしないんじゃないかな?」
 詰まったセルティに代わって、新羅がもう一つの一般的でない業務を指摘するが、元情報屋はにこりと笑んだ。
「警察が事件にしてくれない、または警察に届けられない殺人とか?」
「ああ、よくあるね」
 闇医者業も長い新羅は納得し、次の話題に移った。
「しかし、この事務所名はどうなの?」
 ダラーズと呼ばれていた無色透明のカラーギャングの集団は十年も前に解散しているが、その名は未だに語り継がれている。
「池袋ダラーズ探偵事務所、所長が俺で、探偵がシズちゃん。シズちゃんは当時ダラーズの一員だったし、俺はダラーズの中核に関係しているって噂されてた。俺達二人が、今、この名前で事務所を開くってのも乙なものかと」
「昔の関係者が聞いたらどう思うかな?」
「ダラーズの創始者にはお伺いを立ててみたよ」
 しれっとして応じた臨也に、セルティは思わず立ち上がった。
「すごいイヤそーな顔で、お好きにどうぞって言われた。いや、実にいい男になったね、彼」
 端末に非難の言葉を打ち込む前にぬけぬけと言う臨也を、隣で静雄が渋い顔で見た。
「何、シズちゃん? 君もいい男だよ」
「……手前は相変わらず悪い男だよ」
「っていうか、昔から変わらずただの悪党だよね」
 そこで切り込める新羅に、セルティは感動すら覚えた。こんなよく分からない関係になった二人にどう絡んでいいのか、彼女には少々荷が重い。
「ま、何はともあれ、二人とも開業おめでとう。花でも贈ろうか? それとも依頼人斡旋しようか?」
「どうしようもなかったら頼もうかな。でも、まずは二人で細々と頑張ってみるよ」
 あの折原臨也が、平和島静雄と二人で協力しあうなどと言い、静雄がその言葉にうなずくという状況が理解できず、端末に打ち込む言葉すら思いつかずに固まったセルティの膝を、新羅が数度軽く叩いて宥めた。
「ま、落ち着くべくして落ち着いたってとこかな、君達は。雨降って地固まるというよりは、ゲリラ豪雨で地崩れ起こしてるような関係だったけど、ようやく岩盤まで露出したみたいだね」
 お幸せに、という新羅の一言は、起業を報告しにきた同性の友人達に向けるものとして適当だろうか、と悩みつつ、セルティもようやく指を動かして祝福の言葉を綴った。
『何かあったらシューターで駆けつける。末永く仲良くしろよ』
 正直なところ、この時点までセルティは、この状況を臨也の罠と疑い続けていたのだが、顔を見合わせて小さく笑い合った二人を見た瞬間、この二人はもう大丈夫なのだと理解した。

 どんな事件でも解決するが、事態が改善するとは限らない、最後の手段として頼るべき凄腕の二人組の探偵事務所の噂が、池袋の都市伝説として定着するのは、もうしばらく先の話となる。